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”11” 別居を決意する王子 ‐7
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ふっと、そんな深い意見に対する返事に迷って、
タブレットと食器をうろうろしてた、食事をしている健の目の隅に、
入ったある物体を、健が気付いた。
思いっきり振り返って、それを見入る。
『なんで、七海家のピアノがあるんですか?』
「ん~、芙柚からのお詫びの品だよ。ボクが強引について来たのは、これのお披露目の為」
ミスタッチするくらいに勢い込んで、健が訊き、
羽瑠は聖母の如き、微笑を湛えて答える。
俺が、選んだのは、こっち。
かつての健愛用の電子ピアノは、きっと、芙柚の痛過ぎる思い出があるだろう、
でも奴にとって、あれは宝物だろうって思ったから。
勿論、これだって七海家(丹羽の姓になる前は、アイツ七海って姓だったんだけど)の思い出が詰まってるだろうけども、あんまり大事にしてなかったように思うんだよね。
事実、これ最近まで使ってたの、丹羽家の客間に置いて、丹羽さんが仕事用にだし。
「ピアニスト、これからじゃ、目指せないかもしれないけど。
前の健くんが、嫌いだけど大好きで捨てられなかったものでしょう?ピアノ」
健が、俯いて、ぎゅっと下唇を噛む。
あ~やっぱり髪伸び過ぎだ。こうされると、隠れて、全然、表情が見えなくなっちゃう。
でも、唇噛んでるのは、なんでだろう、わかるんだよね。この顔は変わんないだろうなって。
「嫌じゃなかったら、好きな時に弾いてみてね。そして、会いに来れない芙柚を許してあげてね」
暫く、動けなくなった健の髪を撫で。
「リゾットが冷めちゃうよ」って、食べるように勧めて。
「じゃあ、ごめん。送ってくれる?」
「え?ど、どこに?」
羽瑠は、急に俺に話を振る。
ジト目で見られて、あ~って思い出す。言外に匂わされること、暫しで。
俺は、頷いて、残りを急いで食って、立ち上がる。
「ごめん、健。ちょっと駅まで、羽瑠を送って来るから。風呂、野坂に使い方習って先にして・・・」
「爽さま、お早くしないと最終が出てしまいますよ。後はお任せ下さい」
野坂に笑いながら窘められて、俺は、羽瑠と別荘を出た。
過去に、2度訪れた、今の、芙柚の住まい。
襲われた記憶と中学の記憶がない彼が、少し思い出してしまった悲惨な事件を事実確認する為に
俺に内緒にしてまで、来ようとしていた時に強引に連れて来たのと
近くのレストランに呼び出して、俺達の結婚報告をして、
その後日、お祝いに貰ったベンチの試作品を見学に行って、それを買い付けた時だ。
場所を忘れてるかもと不安だったので、ナビで向かったら、しっかり覚えてた道順。
「車で10分もかからないんだね、ここまで。大丈夫?」
始終無言だったくせに、降りる間際、羽瑠が、少し意地の悪い声で俺に言う。
夜遅いし、昼間じゃこうは行かないだろうけど、実際、こんなに近くて早く着くとは思ってなかった。
ナビの表示によれば、距離は10キロ未満、予定時間は15分未満。
体力のない健が歩くのは、難しいけれど。こんなに近くに、元恋人同士が住んでる。
「芙柚ったらね、頑なに、健くんの居場所知ろうとしないの。
ボク、今夜、話しちゃってもいいかな?」
勝手にしろって、口は言おうとするのに、言葉が出ない。
ピアノを提供したいって、野坂を通じて言い出した後、
今後の連絡を羽瑠か吾樹としろって芙柚の奴は言ってたらしい。
何度か健に会わせても、奴は俺達の別荘の場所は知ろうとしなくて、訪ねるなんてのも勿論なかった。
俺達の別荘と芙柚の居候先は、俺が不安に押し潰されそうな程、近い。
「ごめんね、意地悪だね、ボク。大丈夫、言わないよ。知りたがらないもの、芙柚。
健くんも、芙柚がここに居ることを知らない。皆、言わなきゃ、会わないよ、運命でもなければ」
羽瑠は、無邪気な笑い声をあげて、ドアを閉め。
さっさと、明かりの消えてる、那須工房の母屋へ駆けて行った。
招かざる客なのに、やたらと元気に。
家中に明かりが灯るのを確認して、俺はアクセルを踏んだ。
◇◇◇◇◇
ベコン!!
音の割に大した痛みのない衝撃を後頭部に受けて、俺は顔を上げる。
「やっと3限で、出て来たと思いきや、2限纏めて寝倒すとは、ふてぇ野郎だ」
「しかも、見てよ、王子が、涎垂らしてたよ!」
まだ机に乗せていた腕を上げて、慌てて口元を拭う。
「嘘よ。ルーズリーフの痕は、顔にガッツリついてるけどね」
「・・・・・目の下の隈も、強烈ね」
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