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一話
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平和だ。
当たり前な日常、当たり前な生活……。ン十年続けてきたが、いまだに飽きることはない。
エルフなんだから森にーとか、人間と共に暮らせるかーとか、そんなクソみたいな先入観を捨てたのももう何年前だろう。馴染んでみりゃあこの世はなかなか楽しいもんで、最近発達し始めた機械類なんかは、魔術よりも安定していて誰にでも扱えるときた。
ああ、早めに人間界に適応しててよかったなぁ! なーんて事も思う。先日故郷から手紙が来たが、まだ何かぐちぐち言ってやがったので受け取り拒否して返送してやった。
机の上に足を乗せて煙草を吸いながら、先日ぶち壊された機材の手入れをする。
魔物退治だとか、人を呪い殺せだとか。前者はともかく後者は完全に、魔術師の仕事じゃないだろう。無茶な仕事を押し付けられるのにも飽きて、最近はこの通りだ。ひたすらだらけて、気の向いたときに調合したり、護符作ったり……。それでも十分食っていける。俺みたいなどうしようもないクソでも、技術さえありゃこの世界は優しいもんだ。
試験管に映る己の姿は、最近少しだけ成長した気もする。金髪碧眼に眼鏡、我ながらイケメンだなぁと己に惚れ直したり……しても、あんまり意味がねえ。カッコいいのは当たり前だ、まだ百歳ちょいの若造なんだし。……人間にならって、年齢を数えるのをやめたら、己が成人であった事しか思い出せなくなったけど。人にとっては爺さんかもしれんな。
「……さん……、……マリウスさーん!」
階下から騒がしい声がする。ばたばたと階段を上がってきたかと思えば、すぐにドアが勢いよく開いた。ああー、フロレンツだ。仲介とは名ばかりの、いつもギルドのめんどくさい仕事を押し付けてくる男で、わざわざ魔法で鍵閉めてたっつーのにそれを物理でぶち壊して入ってきたこともある。そのくらい、重要度が高い仕事を持ってきているわけでもあるんだが……残念ながら俺様は、オイシイ仕事しか引き受けないことにしているので、お察しだわな。
「……坊や。ドアは大切にしような」
「蝶番なんてすぐ直せるでしょ! そろそろ仕事してくださいって、上司が怒ってるんですよぉ!」
そんなことを半泣き――これは確実にうそなきだ――でほざいてくださった。まったく、これだから社会はクソだな……歯車一つ動かなかったくらいで騒ぐなっての。
突き出してきた紙の束に目を通す……が、どれもこれも微妙なやつばっかだ。俺のためを思って報酬多めで面倒くさくないやつを選別してきたんだろうが……報酬が多いということは、それだけ労力がかかる、ということなので。
……そのまま、紙の束を真上に放り投げた。
「なにすんですかっ!」
フロレンツが慌てて手を伸ばし、空中でキャッチする。束のまま落ちてきてよかったな。
「俺様がそーんな面倒くさいだけで美味しくない仕事なんかするかよ」
「じゃあどんな仕事がいいんですか!」
「たとえばさぁ……薬調合するだけで、金貨十枚! とか……」
我ながらとんでもない事を言っているのは分かる。が、本当に今は、このくらい楽でないとやる気にならねえ……。確かに多少は申し訳ねえなあと思ってるけど。
「なんて無茶な……。……っあ」
フロレンツがはっと息を止める。あ? もしかして、なんか……あるのか?
「あります」
「は?」
悪りぃ顔してんな……。
「ありますよ、そういうオイシイ仕事……!」
書類をぱらぱらとめくり、その中からお目当てのものを抜き、俺に差し出してくる。
「薬の調合、金貨五枚!」
耳がぴくんと動いた。五枚。五枚ねえ。サクッと終わる仕事で、ひと月とちょっとくらいの生活費か。美味しいっちゃ美味しいが……。
「あと五枚は?」
「そんな美味しすぎるやつはありませんって」
ま、そりゃそうだわな。高望みしすぎるのもどうかと思うし。紙は受け取らずに、ざっと目を通す。ほぉ、なるほど。かいつまんで言うと、呪いをかけられたのでその解呪を……ってな感じの依頼のようだ。
「これ、カミルさんに紹介しようと思っていたんですが」
「カミルにっ!?」
机から身を乗り出す。おい待て……話が変わった。聞きなれた、そんでもって聞きたくもない名前だ。
「おいおい……この俺様がいながら……あんなド三流に、こぉんな美味しいもんを食わせようとしてたのか……?」
あんなクソ野郎に、こんな楽な依頼をくれてやる……と? あの、仕事だけ出来てそれ以外は全っ然ダメな根暗野郎に?!
「……よっし、引き受けたッ!」
書類をぶんどって、指を噛み裂き、血判を押す。うまいこと乗せられた感があるが、まあ大丈夫だろう。
「これで俺のだからなっ」
「はいっ、ありがとうございまぁす!」
フロレンツがやたら元気よく返事をした。改めて書類を読む。依頼先は……おお、そこそこ近所じゃねえか。名前からするにいい感じの金持ち感がするな! わくわくしてきた! ……が。
「よかったぁ~! それ、解決するまで住み込みなんですよ!」
……という、とんでもない言葉で、思考が停止した。
「…………は?」
思わず、気の抜けた声が出た。直後、意味を理解して、肌が粟立つ。……。
「は……はあぁあ!?」
そんな馬鹿な!? おい待て、つまりは俺、それまで拘束されるってことか!? 見知らぬ場所に!?
「きっ、聞いてねーぞそんなの!」
「そりゃあ聞いてませんよね、読んでるんですし」
「おいおいおいっそんなんどこに書いてあんだよ!」
「握ってらっしゃるそこです」
みる。書いてある。少し小さな字で。……。
……ありえねえ。こんなことって……!
「では早速出発してください、依頼主がお待ちかねですよ! では!」
引き止めようとしたが既に遅かった。あからさまに上機嫌になったフロレンツが、足早に部屋から出て行った。
……こんなの……っ!
「こんなの、アリかよぉおおぉぉおお!!??」
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