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静かに嵐の前に差し出された白いコーヒカップ。
雛がバイトを始めた頃、テンパってよく割ってたっけ。なんて数年前のことを思い出して、切なくなる。あの頃は、雛が好きで、本当にそれだけで。ただ漠然とそんな毎日が続くって勘違いしてたんだ。
情けない。
俺はあの頃から何も変わっていない。
黙ってコーヒーの湯気を眺めている嵐に、西岡は静かに問いかけた。
「有明さんはまだ?」
「…はい」
「そうか…」
西岡は有明の事故を知っている。だけど有明と雛の関係をどこまで知っているのか、嵐は知らない。
あれだけ有明が足繁く通っていたのだから、何かしら感じてはいるのかもしれないが、優しい老人は何も言わなかった。
「さ、冷めないうちに召し上がれ」
「はい…」
すすめられて、コーヒーを口に含むと、じんわりとその温もりが体に広がっていく。
「うま…」
思わず漏れた言葉に満足そうに頷いた西岡は、嵐に背を向けて中断していた作業を再開した。
この2年で少しだけ細くなったようなその背中に、嵐は呟くように問いかける。
「俺、どうしたらいいんでしょう」
「どう、って?雛くんの傍にいるんじゃないのかい?」
こちらを振り向くことも、迷うこともなくそう言った西岡の言葉は嵐の心をちくりと刺した。
俺が雛の傍にいることは、雛の幸せの邪魔になりはしないだろうか。
俺はこのまま、雛を傷付けずにいられるだろうか。
何度も何度も考えた。
考えたって答えは出ないのに。
雛の傍にいたい俺と、雛から逃が出してしまいたい俺は確かに存在しているのに。
「…っ、それももうっ…分からなくてっ」
『分からない』も何度口にしたか覚えていない。
分からないんだ、何も。
西岡は再び、何かを迷うこともなくすぐに口を開く。
「人の気持ちも幸せも、誰かが測れるものじゃないし、測れると思っているならそれは傲慢だ。人間は神様じゃない」
「どういう意味ですか…」
西岡の背中に嵐は聞き返す。
「雛くんの幸せも、雛くん以外には測れない。もちろん君にも」
そんなの、分かってる。
そう言いかけたが、嵐は静かに言葉の続きを待った。
「彼にとって何が幸せかなんて君がいくら考えたところて無駄だってこと、だよ」
「は…?じゃあ…どうすれば…どうしたら雛は…っ」
無駄だという言葉に嵐は無意識のうちに反応していた。
やっぱり俺のしてきたことは無駄だったのか。俺の2年間、いや、今までの人生は…っ
ここ数日抱えてきた不安や絶望が一気に溢れそうになってテーブルの上の握りこぶしに力が入る。
「やっぱ、そうなん…っすかね…」
「こらこら、そんな顔をするんじゃないよ」
想像よりも近くで聞こえた優しい声に、肩が跳ねた。
そんな顔、とはどんな顔だろうか。相当酷い顔をしている自覚はある。きっとまた泣きそうで情けなくて、雛には絶対に見せられない顔。
いつの間にか目の前に立っていた西岡は嵐の瞳の奥底が見えているかのように、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「今日まであの子を支えてきたのは誰?あの子の笑顔を守るために自分の心を犠牲にしてきたのは?」
雛を支えてきたのは…?
あいつの笑顔を守るために俺が、
俺が犠牲にしてきたものは…
「君はもっと自分を誇って、自分の幸せのために生きていいんだよ」
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