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003 夢現
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――――水に浮かんでいる。
漂っているのではなく、浮かんでいるのだ。
頭がぼうっとしていて状況がよくわからない。
目を薄らと開けたが 日の光が眩しくて思わず強く目を瞑る。
今は夢の中で、水面に手を伸ばしたのだ。
ずっと覗いてみたかった。
水面の上がどうなっているのか知りたかった。
目を瞑ったまま、落ち着かせるように息を大きく吸い込む。
(凄く……いい空気……)
息をするのをずっと我慢していたような状態だったのか……全身の血液が求めていたものを得たように駆け巡る。
夢の中で空気を吸うのは初めてだった。
ぷかぷかと 水に身を任せて浮かぶ。
(気持いい……)
身体を包み込む冷んやりとした水の感触が心地よかった。
これはいつも通りの夢。
ただ水面に触れただけ。
――――そのはずであったけれど、この日は全てが違ったのだ。
暫く浮かんでいるうちに、徐々に感じてくる違和感。
肌に触れる水の感触が温(ぬる)くなってくる。
吸い込む空気も変化する。
澄んだ空気ではない。
どこか異臭がするそれは、徐々に熱気になってくる。
(あ……暑い……)
改めて目を開けようと思うと、太陽が眩しくて目が開かない。
咄嗟に手で太陽を遮る。
「え……?」
瞬間、バランスを保てなくなり態勢が崩れた。
「わっ! ……なにっ?」
身体が水の中に沈む感覚。
慌てて身体を起こそうとして、その水に驚愕する。
「な……なんで!?」
泥、なのだ。
真っ黒い泥水。
その重く黒い水は粘つきながら身体に纏わりつく。
「うわぁっっ!!」
(さっきまで綺麗な水のだったのに……)
水から上がろうと必死に岸に捕まる。
その時、その異様な光景を目にする。
「ここは……」
罅割れた大地に、暑い日差し……。
陽炎で揺れる視界には、枯れた草木が生えている。
あまりのことに言葉も出なかった。
そのまま岸にしがみついたまま、暫し茫然と固まる。
(水面は、あんなに綺麗だったのに……)
あれほど焦がれた水面の上は、こんな荒野だったのか……。
望んでいた物、想像していた物よりも遥かに懸け離れた風景に愕然としたが、呆けているうちに再び身体に違和感を覚えた。
掴んでいたはずの岸が消えかけていたのだ。
綺麗な水どころか、先程まであった泥水もない。
服も、濡れてなどいなかった。
僕は今、干からびた土地にある小さな窪みに嵌っているのだ。
(一体どうなってるの……?)
これは夢なのだ。
夢なのだから、何が起きても不思議ではない。
両手をつき、身体を持ち上げ、窪みから這い出る。
夢であるはずなのに、その動作だけで汗が噴き出してくる。
そして僕が這い出た窪みも、あっという間に浅くなり、消え去っていく。
変な夢だ。
非常に奇妙だ。
「暑っ……」
服は冬服のブレザーを着たままだった。
いつもの夢はパジャマなのに、今日は通学途中に眠ったせいか制服なのだ。
この夢は、妙なところが現実的だ。
暑さを和らがせるためブレザーを脱ぎ、ワイシャツの袖を捲る。
しかし捲った腕は勿論、顔や首など露出している部分に直接日を浴びると、逆にヒリヒリと酷く痛んだ。
(夢って本来、痛くないはずじゃ……)
元々色白で日焼けができない体質であった。
だから日の光は苦手だった。
――でもこの、空を見上げることもままならないほどの強い光。
夢の中とはいえ、いや、夢の中だからこそこんなにも太陽の光は強いのだろうか。
現実の世界でも、こんなに強い日差しを感じたことはなかった。
「ダメだっ……やっぱ痛い……」
止むを得なく袖を下ろし、暑さを堪えてブレザーを頭から被る道を選ぶ。
黒いブレザーは暑さを助長させ、より一層不快になる。
それでも、顔や首を太陽から守らなければ、痛くて我慢などできなかった。
もし夢だとしてもこの暑さは異常だろう。
暖房の効いたバスの中で眠ってしまったとはいえ、どう考えても体感しているこの暑さは、今まで体験したどの「夏」よりも遥かに暑い。
(猛暑……っていうより、灼熱……)
いつも見ている夢とは、全てが違う。
早く起きなければならないと思うが、起き方がわからない。
(本当に夢なのかな……)
いつもの夢の心地良さも、気持ち良さも何もない。 澄んでいると思った空気も、今では埃っぽく喉に絡みついくる。
「どうしよう……」
干からびて乾いた土地。
所々に生える枯れた雑草。
僕より少しばかり高い木々も全て枯れてしまっている。
(なんだろう……変だ……ここの植物)
どの植物も、現実の世界では見たことのないものだった。
でも、それだけではない。
この土地に生える植物。
もう既に枯れているはずの植物が、何故か酷く可哀想に思えてくる。
「まだ……生きている?」
枯れているのに、まだ息づいているのだ。
その姿はまるで悲鳴をあげているようだった。
(生きているのに、枯れるんだ……)
触れると、それはサラリと崩れてゆく……。
「あ……」
(……消えてしまう)
まるでその時を待ち望んだかのように、植物の形が崩れ消え去っていく。
雨が川になるように、この植物は土に還って行ったのだ。
(なんだか、凄く悲しい……)
この植物だけではなく、此処の土地全てが切ないのだ。
枯れて、水を求めて、なお生き続けて、自らの意思では土に還ることもできないのか。
(まるで悪夢だ)
待っていても、いつ迄も醒めない夢。
暑さは和らぐことなく、真上でさんさんと輝く太陽が忌わしく思える。
黒のブレザーは日の光をどんどん吸収し、暑さを更に増長させていく。
(このまま、ここにいるわけにはいかない……)
助けを求めなければ――――
僕は意を決して、灼熱の大地に一歩足を踏み出したのだ。
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