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014 名前
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リドが地面に降り立つと同時に、サディは子供の側に駆け寄ってきた。
意識を失った子供を降ろして顔を覗き込むと、冷や汗でベットリと額が濡れていた。
「大丈夫か?」
サディが顔を覗き込み、額の汗を拭いながら問いかけると、何度めかの呼びかけで意識は戻ったようだ。 「……*****」震える声で子供が答えた。
真っ青になっている子供は、言いようのないほど哀れだった。
「怖かったか? 気分は悪くないか?」
サディが頭を撫でると、子供は目を細めて儚く笑う。
明らかに作り笑いだとわかる笑顔。
僅かに微笑んだ唇が震えているのが、より一層辛そうに見える。
「……怖かった……のか?」
妖獣が空を飛ぶのは珍しくない。
そんな失神するほど、何が恐ろしかったのだろうか。
「怖がっていただろう?」
サディが子供を抱えながら俺を諭す。
悲鳴を上げて必死にしがみつく子供の姿を思い出す。 確かにそう言われれば、子供はずっと怯えていたのかもしれない。
――意識を取り戻した子供は急に何か訴えだす。
「*****……*……***、*****」
横になったまま、先程までとは違う、しっかりとした目で、何かを語る。
どうしたのかと疑問に思ったのだが……「イ・ズ・ミ」と、そう自分を示し、告げる子供にハッとする。
「イズミ?」
サディが聞き返すと、子供はウンウンと頷く。
言葉が通じないはずの子供が、必死に名前を教えてくれている。
ただそれだけのことが、とてもいじらしく思えた。
そしてそれを見たサディの喜びようも凄まじい。
蒼の騎士は水の守護騎士だ。
水神は国王以上に守るべき存在になり得るのかもしれない。
子供の質問にサディは応える。
「サーディーフラン、サディだ」
「さぁーでぃー?」
「サディ」
嬉しさのあまり、思わず本名を名乗ってしまったのだろう。
サディが呼びやすいよう訂正すると、辿々しい口調で子供が真似る。
「さでぃ」
名を呼び、イズミが微笑む。
綺麗な子供だった。
それは微笑むと、また雰囲気が変わる。
真正面から受けたこの笑顔に、またサディは絆されるのだろう。
そして俺にも同じように、子供――イズミが名前を聞いてくる。
「ギルト」
「ぎる……と?」
たどたどしい発音。
成る程。確かに名前を呼ばれるだけで頰が緩みそうだ。
サディばかりを責められたものではない。
「サディ*、ギルト!」
嬉しそうに、俺たちの名前を何度も繰り返す。
「********、******」
サディに身体を起こされたイズミは、頭を深々と下げる。
(お礼……謝罪だろうか……?)
思わず差し出された漆黒の髪をガシガシと撫でて応えてやる。
触れたその髪は、髪色から想像できないほど、とても柔らかく触り心地が良かった。
その後覚束無い足取りで、イズミは二匹の妖獣の元に駆け寄っていく。
俺たちだけでなく、妖獣の名も知りたいようだった。
「フラン」
「リド」
サディと俺で、それぞれの妖獣の紹介をすると、イズミはキラキラと目を輝かせて彼女らに触れる。
本来、相方である人間にしか心を開かないはずの妖獣が、イズミに懐いているのが見て取れた。
イズミは先程までの怯えも見せず、嬉しそうに妖獣達と戯れ合う。
(悪意がある奴ではないんだろうな……)
その時、俺はイズミが水神であることを心から願う、そんな自分がいることに気がついたのだった。
フラつくイズミが心配なのか、ほどなくしてサディはイズミを妖獣から引き離した。
身体を支えて立たせてはいるが、イズミは今にも倒れそうだった。
ずっと食べ物を口にしていないことを思い出し、俺は持っていた干し肉をイズミに渡すが、イズミはそれを受け取りすらしなかった。
「お前、何か食わないと体力が持たないぞ?」
再度口元に干し肉を近づけると、イズミは逃げるように身体を捩る。
そして悲しそうに、喉を叩く仕草をした。
(喉が渇いているのか……?)
しかし、飲み物は先程嘔吐された朧の血しかない。 サディが血の入った筒を手に取り、それを差し出そうとすると、イズミは全身で拒絶を示してくる。
「*……*****!!」
終いにはサディの側から逃げた挙句、俺の背後に隠れてしまった。
(朧の血は、逃げるほど嫌いなのか)
何とも言えない苦い気持ちになる……。
しかし乾きを訴えられる以上、飲めるものは今はそれしかない。
サディもそのことは重々承知しているのだろう。
朧の血を再び筒の蓋に注ぎ、もう一度イズミに差し出す。
今度はイズミは逃げなかった。
とても複雑な表情で、朧の血とサディを見比べている。
イズミが悩んでいるのが、痛いほどわかった。
ポンポンと頭を叩き、背中を押してやる。
「大丈夫だから」
言葉が通じないのだから、声をかけても無駄だろう。
けれどイズミは蓋の器をジッと凝視したまま、そっとサディに近づく。
その目があまり乗り気ではないのが見て取れた。
(毒を恐れているのか……?)
俺はサディから朧の血を受け取り、一口飲む。
そして残りをイズミに渡した。
(流石朧の血だ……)
一口飲んだだけでも疲れが吹き飛ぶ感覚がする。
「******……」
イズミは恐る恐る器を受け取り、ゆっくりと口へ運んだ。
その動作の中に、強い緊張があるのがわかった。
……見ているこちらも力が入ってしまう。
――朧の生き血は、味、効能、薬剤としては高級のものだった。
巷では高値で取引される、入手も困難で価値が高い。 普通なら、誰もが知っていることなのに……。
イズミが身悶え、器を落としそうになるのを咄嗟に抑える。
必死に両手で口を押さえ、苦しむ姿は本当に哀れだった。
まるで毒を含まされたように、イズミは悶え苦しみ、そして嘔吐した。
朧の血どころか、自らの胃液まで吐いている。
涙を流し、全身をガタガタと震えさせているイズミを見るのは辛かった。
「朧が駄目とは……」
サディの落胆の声。
(こいつ……今までどんなものを口にして生きてきたんだよ……)
「早く王都へ連れて行こう」
ここで悩んでいてもキリがない。城に連れて行けばきっと何とかなるだろう。
俺の言葉に、サディも頷く。
イズミが残した朧の血をサディに渡し、水筒の血もリドとフランに与えた。
見るからに二匹の妖獣は力を取り戻し、サディも疲労の色が薄れたようだった。
「今度は俺がイズミを背負う」
妖術系のサディより、体力のある俺が背負ったほうが早く進むだろう。
勿論、妖獣に乗った方が遥かに早く着くのだが……。 先ほどのイズミの様子を見ると、妖獣に乗せるのは得策ではないと思った。
背負ったイズミはぐったりと憔悴しており、すぐに意識を飛ばしそうだった。
「イズミが寝たら、リドを飛ばして王都へ向かってくれ」
サディが心配そうにイズミの様子を伺う。
それでも、夜明け前に王都に着くのは難しいだろう。 「急ごう……」
ならばせめて、日が完全に昇りきる前に辿り着かなければ。
背に感じる、小柄な子供の体温。その吐息が首筋にかかる。
こんな小さな子供に、この国の未来がかかっているのかもしれないと思うと、それはとても不思議な感覚だった。
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