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043 雨音
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遅い朝食の後、てっきりリディが教えてくれた中庭に向かっているのだと思っていたのに……何故かハリルは階段を上り始めた。
「…………?」
(庭に行くのに階段って必要なのかな……?)
違うと思っても、ハリルに手を引かれていて止まることはできない。
「あの、ハリル……」
必死に追いかけてはいるが、この国の階段は僕の足ではスムーズに上がれない。
ただでさえ昨夜のことで腰が重いのだ。
「まっ……待って……」
手を引かれると自分でペースを調整できなくて余計に歩きにくかった。
(怒ってる……のかな……?)
手を握られてドキドキしたのは最初の一瞬だけ。
上っているのは東塔よりもずっとゆるい螺旋階段だが、すぐに汗が滲み息が切れてくる。
「ぁ……ハリル……」
息が詰まりながらも必死に彼の名前を呼ぶと、ようやく足を緩めてくれる。
「ん……」
目があって、ドクリ胸が高鳴る。
「あのっ……、もっ……と、ゆっくり……」
昨夜とは逆に、ハリルが階段の上段にいるせいで、身長差がさらに開いていた。
それでも、ハリルを見上げながら必死に頼む。
「……わざとやってるのか?」
目を細めながら発されたハリルの言葉に首を傾げる。
(わざと……?)
こんな息も絶え絶えな無様な姿など、ハリルに見られたくなかった。
唇を噛み締め、ハリルから目を反らす。
「やっ」
反らした途端に、昨夜のようにハリルに抱き抱えられた。
「わっ! ちょっと……」
また無表情に階段を上るハリルの、その顔を今度はより近い所から見上げる形になった。
(ドキドキする!! わぁーもうどうしよう!!)
恥ずかしさと高さの恐怖で気持ちが揺れる。
ハリルにしがみつくことなどできない。
せめてと、顔を彼の胸に押し付けて必死に耐える。
サディやギルトに同じことをされても、こうはならないのに……彼だけは意識してしまう。
いっそ本当に幼い子供のフリでもしてしまおうか。
彼の服を、ギュッと掴む。
その時、一向に身体の強張りが取れない僕を見兼ねたのか、ハリルは大きな溜息をついた。
――――――――――
塔の上まで来たところで目的地に着いたらしい。
すんなりと扉の前で降ろされた。
(よ……かった……)
乱れた服を直していると、ハリルがとても大きな扉を開けた。
「外……?」
だが、どう見ても中庭ではないようだ。
「ここは謁見塔だ」
そう告げたハリルは、雨に濡れるにも関わらず扉の外へと足を進める。
僕も少し躊躇った後、その後に続いた。
――――久々の雨が、頰を伝う。
塔の上、謁見塔のと言われたここは、石の塀に囲まれていた。
恐らく相当な高さになるだろうが、下を見ないようにすればそんなに怖くはない。
(そう言えば、屋上でもバルコニーでも良いって言ったっけ……)
自分が先程言った言葉を思い出す。
本当に外に出れれば、どこでも構わなかった。
ハリルと中庭を散歩するのは緊張しそうだし、寧ろこちらの方が雨だけを楽しめそうだった。
――――昔から、本当に雨が好きだった。
水神なんて関係ない。
雨を見て、嫌なことは全て忘れてしまえばいい。
目に雨が入ることも気にせず、上を見上げる。
白い雲から、水が落ちてくる。
元の世界と、変わらない雨だ。
この国の雨は冷たくないから、濡れても決して寒くない。
…………雨が好きだ。
こ国のは特に……。
目を瞑れば、雨音だけがよく聞こえる……。
大好きな雨音…………。
いつまでも聞いていたい…………。
いつまでも…………。
「………」
「……ミ」
ふと、肩に何かが触れた。
「イズミ!」
「わっ!!」
完全に意識を雨だけに集中していた僕は、驚いて目を開けた。
「大丈夫か?」
ハリルが心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「ひっ! ぅ、わぁっ……!!」
急に現実に引き戻された。
雨に濡れた綺麗な顔。
昨夜の出来事。
淫らな夜。
気がついたら、思いっきりハリルを突き飛ばしていた。
「わっ……!!」
だが、バランスを崩してドサリと尻餅をついたのは――――僕の方だった。
ハリルの目が一瞬揺らぎ、不機嫌そうな色に代わるのがわかった。
(ぎゃ! どうしよ…………)
「!?」
謝罪を口にする前に気づく。
――――ハリルの後ろに一匹の妖獣がいる。
サディのフラン、ギルトのリドとは比べ物にならないほど大きい妖獣。
話だけは聞いたことがあった。
(これが……)
ハリルの妖獣――国王のバルシェットだ。
主人の怒りを感じ取ったのか、その妖獣が羽を広げる。
今いるこの建物の、端から端までの大きさにもなる……巨大な、とても巨大な妖獣だ。
きっとこれを呼び出すために、ハリルは僕をここまで連れてきたのだ。
尻餅をついたまま固まる。
衣服が濡れることすら気にならないほど、僕は恐怖で動けなくなっていた。
金色の髪に褐色の肌。
ハリルはまるで太陽の王様みたいなのに……いつも無表情で、凍りつくような目をしているのだ。
その彼が、地べたに尻餅をついた僕を冷たい目で見ている……。
「来い、イズミ」
有無を言わさず、引かれる腕。
そのまま彼は軽々と謁見塔の柵の上に乗ると、僕を片腕だけで支えた。
「ひぃっ!!」
柵の下を見てしまった僕は思わずハリルにしがみつく。
想像通り、この謁見塔は相当な高さがあった。
いや、想像以上に、はるかに高い。
「ハリル、待って……」
最悪の予感はすぐ確信に変わる。
――――やはり、彼はそこから飛んだのだ。
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