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068 悪夢
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「今日は体調が良くなかったそうだな」
夕食後、いつものように部屋を訪ねて来たハリルが言った。
「そんなことない。お昼はいっぱい食べた」
午前の講義の時にメロウに心配されて、昼はいつも以上に頑張って食べていたはずなのに……。
「そうらしいな……」
ハリルにこんな些細なことまで伝わっているのかと思うと、心底嫌になった。
相変わらずハリルは、僕の方に近づくこともせず、
一定の距離を保って接して来る。
会話をするわけでもなく……ただ、僕が部屋で過ごすのを静かに見ているのだ。
僕のことは逐一報告を受けてるだろうに――――彼は毎日、一体何のためにこの部屋に来ているのだろうか。
ハリルの目が、一瞬だけテーブルの水へと向かったような気がした。
今日はまだ、グラスの水は飲んでいないなかった。
その水が原因とは限らないけれど、昨夜のこともあって、どうしても手をつけることはできなかった。
「体調が優れない時は無理はするな」
ハリルは僕が使っているノートをパラパラとめくる。
これは毎日のハリルの習慣だ。
練習中の下手な文字で綴ったノートなんて、見ても何が楽しいのだかわからない。
「水は飲まないのか?」
問われて、意識せずとも身体が跳ねる。
まるで何でもないように、まだハリルはノートを見ている。
「眠れないのなら、酒を用意するが」
「いらない。子供はお酒飲んじゃダメでしょ」
「…………そうだな」
僕も、何でもないように答える。
「水は……寝る前に、飲むかもしれないから」
そう有耶無耶に答えた僕に、ハリルは「そうか」と呟いた。
――――――――――
ハリルが部屋から去ったあと――――昨日と同じように、グラスの水を清拭で使ったタオルに染み込ませる。
今日は、一口も飲まずに、全部だ。
またグラスを元の場所に戻し、そのままベッドに横になる。
(大丈夫だ……嘘はついてない……)
「飲むかもしれない」と言った。「飲む」とは言ってはいない。
昨日以上に、悪いことをしているような気がしてしまう。
(確かめる……確かめるだけだから……)
本当に夜な夜なハリルが来ているのだろうか。
彼の存在が、現実なのか……それとも夢なのか……。
(現実だったらどうしよう……)
引き返せないところに来てしまったと、後悔してももう遅い。
(もし夢なら……)
夜な夜な夢に見るほど、僕はハリルを求めているということだろうか――――
胸の奥がキュッと痛くなる。
その疑問を確かめるため、僕は目を閉じた。
――――――――――
暑い。
腐ったような異臭。
息をするのも苦しい。
(喉が渇いた……)
身体の怠さと、異様な暑さに眉を顰める。
(まさか……)
久々の……痛みを伴う悪夢。
手が痛い。
指の皮が剥けて血が滲む。
(どうしよう……怖い……)
この先どうなるかは知っていた。
――――牢の扉が開く音。
続け様に入ってくる、5人の男達……。
(あぁ……怖い、怖い、怖い……!!)
逃げなければと思うのに、身体が怠くて思うように動かない。
手荒に腕を持ち上げられ、立たされる。
男の顔が近づき、至近距離から紡がれる聞きたくない言葉。
吊るされた身体。
脚が床につかない。
鞭打たれ、弄られる身体。
痛い。
怖い。
苦しい。
助けて……誰か、助けて……。
「……っ!!!?」
急に、悪夢から急に引き戻された。
汗が全身から吹き出る。
目を見開いても、視点が定まらない。
動悸……耳に聞こえる動悸……。
「ヒュッ…………ッ……」
息ができない。
苦しい。
助けて。
「………をして………ズミ」
(何……?)
聞こえる言葉の意味が理解できない。
「深く、息をするんだ」
言われる言葉にしたがい、必死に呼吸を整える。
「ヒィ……ヒィッッ……!」
なかなか呼吸が整わず、不規則な息が漏れる……。
「水を飲まなかったのだな……」
至近距離から聞こえる言葉。
「ひぃぁっっ!!! ぁあぁあ゛あ゛あ゛!!!」
咄嗟に手を突っぱね、男の身体を押し退けようとする。
「イズミ、落ち着け」
怖かった。
まだ夢の続きの中にいるのかと思った。
「イズミ、私だ。落ち着け……」
抱きしめられ、そう耳元で囁かれる。
「大丈夫だから……」
抱きしめられた安堵感に、呼吸が整ってくる。
ようやく、意識が覚醒する。
(怖かった……)
恐ろしい悪夢から解放された安堵感。
ハリルの香りが鼻をかすめ、ハリルのぬくもりに安心して、彼の背に腕を回す。
(怖かったよぅ……)
ギュッと抱きしめ返され、涙がボタボタと零れ落ちる。
――――しかし、落ち着くと同時に残酷な現実を理解する。
「ぁ……」
急激に、気持ちが冷たくなっていく。
「な……んで」
僕のベッドの上に座り込み、僕を抱きしめるこの人物は、ここにいてはいけない人なのだ。
「なんで、ここに…?」
抱きしめる腕を緩め、少し離れだけでわかる服の乱れ……僕の胸は、殆ど顕になっている。
(夢じゃ……なかったんだ……)
「イズミ……」
「毎日……来てたの?」
口にすると、余計悔しさが込み上げてくる。
「……夢を見せなくするためだ」
その悪夢の原因も、元々はこの男のせいだろう。
ハリルの手は、僕の背から……ゆっくりと下にさがってくる。
「やだ……」
身をよじって拒否するけれど、彼の手は止まらない。
「やめて……やめて!!」
悲しくて悔しくて、怖くて。
僕は涙を流して抵抗する。
でも必死に抵抗しても、彼は怯まない。
「イズミ……おとなしくしろ!」
「いやぁあああああ!!!!」
泣き叫ぶように拒絶をする。
「また悪夢を見たいのか!?」
怒鳴られるように言われて、ハッとする。
だがそれでも、この行為との辻褄が合わない。
「夢を見せないために、僕に何をしてたの……?」
ハリルの顔が曇るように歪められる。
毎晩のように身体を弄ばれていたかと思うと、胸が張り裂けそうに痛かった。
「あんなことされるくらいなら、悪夢のほうがマシだ!!」
ハリルの手が止まる。
解放された身体を捩り、ハリルから離れる。
「出てって!」
目をそらす瞬間も、ハリルの表情は変わらない。
こんなことなら、ちゃんと水を飲んでおけば良かった。
こんなこと、知らない方がマシだった。
「出てって……」
絞り出すように、もう一度言葉を絞り出す。
「…………わかった」
そう言って、ハリルはベッドから降りる。
ハリルの重さがなくなって、ベッドの形が元に戻る……それが何故か、凄く切なかった。
――――――――――
――――結局、それからは最悪だった。
監禁された初日のように、僕は悪夢を見続けた。
夢と現……夢の中で失神するのと同時に目がさめる。
そして眠りたくないのに、再び強制的に睡魔に引きずり込まれる。
何度も絶望し、何度も同じ苦しみを味わう。
――――ようやく夜が明ける頃には、僕はぐったりと憔悴しきっていた。
窓の隙間の影が動く。
ぼんやりと眺めながらも、シトの存在に気づいた。
せめて、あの子の姿が見れればと思う。
起き上がると、服は汗でビッショリに濡れていた。
喉が渇いた……そう思っても、どうしても水に口をつけることはできなかった。
覚束ない足取りで窓の外を覗く。
「あれ……? 雨、降ってない……」
ここ最近は、毎日降っていたのに――今日は嫌なほど快晴だった。
殆ど眠れなかったせいか、太陽の光が目に痛い。
「シト」
名前を呼ぶと、シトはすぐ現れる。
黒い目に、白銀の身体。
日に日に大きくなるシト。
今日は朝の太陽の光に晒されて、とても綺麗だった。
「雨が降ってる時はわからなかった……シトは、とても綺麗だね」
雨が降っていないのは残念だったが、この美しい友人の姿を見れたのなら良しとしよう。
そう思って、シトに微笑みかけた。
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