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不言色の章3
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時間ぴったりに患者の四十九院明希が通院して来た。
二階の窓から見ていたが、彼は1人だった。
母親はどうしたのかと思い病院にやって来る彼を観察すると、目を見張る変化が見えた。
まずは外見の変化。あの服装は母親の趣味じゃない。
何があったのか興味が尽きない。
私は一階に降りた。
呼鈴が鳴り、インターホンに彼の顔が映る。
「あら、…驚いたわ。もう別人ね。」
画像の向こうの彼は利発そのもので、精神を病んでいる者が発する独特の雰囲気が無い。健常者の青年と全く変わりない。タッチパネルを操作し玄関のドアのロックを外して迎え入れてから、黒い革の椅子にゆったりと座ると彼が診察室に来る迄の僅かな時間を待った。
診察室の扉がノックされ"どうぞ"と言う私の声に反応して開いたドアから、四十九院明希が部屋に入ってくる。
「先生、こんにちは!どう、俺、だいぶいいでしょう?」
入ってきて開口一番、四十九院明希はそう言った。
私は仔犬のような彼に微笑む。
貴方は本当に良くなった。医者にとって患者の状態が好転するのはとても喜ばしい事だ。たとえ、それが一時の事でも。
「良さそうだわ。さ、座って。何が貴方をそんなに変えたのかしら?教えてちょうだい。」
「あ、待って、待って。先生あのさ、ありがとうね。先生の所に通い始めてから薬を使わない治療に切り替えてくれたでしょ?きっと、それも良かったんだ。俺が俺に戻る為に、もし薬飲んでたら邪魔になってたよ。多分ね。」
真っ直ぐ見返して彼は語る。
前回来た時の翳りがまるでない。
微笑んで聞きながらも、私は医者の目で彼を観察していた。
意識の混迷は無い。
しっかりと目を見て話している。
今が躁鬱の躁の状態という訳でも無い。
では、何が。
何が四十九院明希を劇的に変えたのか。
「四十九院さん、貴方の頭の中にいた蟻はどうなったのかしら?」
「それがね、先生。追い出せたんだ、友達のお陰で。雨宮って言うんだ。俺は蟻だらけになって、もう辛くて諦めようとしてたんだけど雨宮が生きろって言ってくれて…雨宮が俺の手を握ったら世界が輝いて蟻が灰になって消えたんだ。…あ、えと、それは俺の中の話だよ。先生ならわかってくれるよね?」
「興味深いわ。雨宮さんが貴方に生きる力を与えた…、そうなのね?」
「うん。あとね、俺、最初先生の事嫌だったんだ。けど、先生の治療が無かったら、俺は雨宮に会うまでもたなかったよ。自分がどういう形なのか…もう分からなくなっていたから。でも怒ったり、不快になったり、そういう先生が与えてくれた感情のお陰で何とかなったんだ。」
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