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会社が大手企業に合併されて、変わったことっていっぱいある。
会社の名前、健康保険証、名刺、部署名、毎月配られてた社報の冊子、健康診断を受ける場所。
クリスマスに労組から貰ってたクリスマスケーキもなくなったし、健保から貰ってた家庭常備薬一式もなくなった。ずっとリースしてた観葉植物も廃止になって、コピー機も多機能のが導入されて、無料の給茶機もなくなった。
各階の廊下に取引先の自販機が設置されたけど、休憩のたびに120円って財布に痛い。基本給は上がったけど、ボーナスの計算方式が変わっちゃって、プラスマイナスでマイナス、だ。
でも何より困ったのは、提出書類の書式がまるごと変わったこと。
添付の表とかの形式も変わっちゃったし、ひな形と見比べながらの作業になるから、余計に時間かかって困る。
前は3時間くらいでできてた報告書に、5、6時間くらい掛かるようになっちゃって――そして、合併先から来た社員に、呆れられるんだ。
「おっ前、まだできてねーのかよ!?」
パソコン画面を後ろから覗かれ、大声でそう言われて、ドキッとした。
振り向くと、黒字に銀の細縞の入ったスーツをビシッと着こなした田辺君が、眉をしかめてオレを見てた。
「ごめん、急ぐ」
反射的に謝って、キーボードに向き直る。
「ブラインドタッチもできねーのか」
呆れたようにため息をつかれたけど、別にそんなのできなくったって、オレ、結構打ち込むの速い。でも、そんなことは評価されないんだ。
「だから遅いんだよ」
田辺君は一方的にそう言って、ぷいっと自分のデスクに戻ってった。
ダカダカと高速でキーボード上を動く手は、確かにオレよりも打ち込みは速いんだろう。
相変わらず有能で、相変わらずスゴい。そういうとこ、高校時代からちっとも変わってないんだなぁと思った。
田辺君とオレは、高校時代の部活仲間だ。
チームメイトとしては対等に見てくれてたと思うけど、当時からオレは何かとどんくさくて。田辺君には、いつも世話を焼いて貰ってた。
着替えが遅いのもよく叱られてたし、汗をちゃんと拭かないのもよく注意された。冬にマフラー忘れたり、手袋を片方失くしたり……そういうのしょっちゅうだったし、彼だけじゃなくて、きっとみんなも呆れてたよね。
オレ、田辺君のこと好きだったんだけど。迷惑かけすぎだったし、自信なかったから、結局言わないままで卒業した。
そのまま違う大学に入り、違う会社に就職して、部活で集まる機会も減っちゃって。こうして疎遠になるんだなぁって、ぼんやり考えて、諦めてたんだ。
それがまさか、入社3年目にして、会社同士が合併しちゃうとは思わなかった。
同じ会社だなぁ、なんて、それだけでビックリしてたのに、まさか同じ部署になるなんて、ホントにビックリだ。
田辺君もビックリしてたっけ。
「小崎……!」
って、切れ長の目を見開いて。
「また一緒にチーム組めて嬉しい」
そう言って貰えて、オレの方こそ嬉しかった。
けど、再会の喜びも、そう長くは続かなかった。オレがどんくさいの、相変わらずなんだってすぐに分かっちゃったみたいで。
「小崎、まだか?」
とか。
「こんなことも分かんねーのか」
とか。呆れたような顔で、叱られてばかりになっちゃった。
慣れない書式に四苦八苦しながら、キーボードを打つ合間に、田辺君のデスクをちらっと見る。彼はいつも通り画面を見つめたまま、猛烈な勢いでキーボードを叩いてて、真剣な顔してて格好いい。
オフィスにいる同僚の女子社員も、陰できゃあきゃあ言ってるみたい。
でも女の子に媚びたりとか一切なくて、相変わらず硬派で、そういうとこも格好いいなぁって評判だ。
一緒にいて格好いいトコ見せられると、昔の片思いが再燃して、実はちょっと胸が痛い。
永遠に片想いだって分かってるけど、やっぱり好きだ。
オレは田辺君ともうちょっと仲良くなりたいけど、でも、残念ながら彼はそうでもないみたい。ご飯も他の人と食べに行っちゃうし。飲みに行くのだって、先輩とか上司とか、有能な人と一緒だ。
オレみたいな口下手でどんくさい同僚より、レベルの高い人はレベルの高い人同士、一緒にいる方が楽なのかなぁ?
たまには勇気出して「飲みに行こう」って誘ってみたいけど、「いや、いーわ」ってあっさり断られそうで、怖くて誘えない。
「は? なんで?」とか。「お前といても仕方ねーじゃん」とか。そんな風にもしバッサリ斬られたら、オレ、立ち直れないかも知れない。
考え過ぎかも知れないけど、でもやっぱ、色々考えると勇気がなくて……。
「田辺、今日、飲みに行くだろ?」
先輩に誘われ、「はいっ」って元気よく答えてる彼を、モニターの影からそっと眺めるしかなかった。
やっとで仕上がった書類を保存して、はぁー、と息をつき、立ち上がる。最終チェックする前に、熱いお茶飲んで、ちょっとリフレッシュしたい。
でもつい癖で、手ぶらのまま給茶機の方に行きかけて、あっ、と思って引き返す。
そうだ、もう給茶機はなかった。撤去されてから何ヶ月も経つのに、未だに慣れなくて困る。熱いお茶も有料だし。
わたわたとデスクに戻って、財布から小銭を出してると――。
「何やってんだ?」
向こうから、田辺君にツッコミを入れられた。
給茶機があった時の癖なんだ……なんて言い訳は、優秀な彼に通用しない。
「財布、忘れた」
うへっ、と照れ笑いしながらそう言うと、田辺君はまたそれを見て、呆れたように眉をしかめた。
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