アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
選択肢
-
「ちょっと今日は…疲れただけだ」
再び座り直した桐嶋さん。
ベッドに横たわった俺をなだめるように優しく撫でつけながら、
その口調も不思議なほど柔らかかった。
「ほんと…?」
「ほんと。お前は気遣ってくれたんだよな。冷たい態度取って悪かった」
そんな風に言って困った顔を見せられたんじゃ、許す他ないし、これ以上つけ込めない。
俺は健気さに絆され半分、かろうじてむすっとした表情を繕った。
「そ…っ、そうですよ。
貴方は気まぐれが過ぎますよ」
「るせー」
本当は気まぐれなんかじゃないんだろうけど、つい冗談っぽく言って茶化してしまう。
そして、すると、
いつもの桐嶋さんが、俺の頭をぺしっと叩いて軽く笑う。
…いつもの、桐嶋さん……
胸の中が、柔らかな暖かみに満たされた。
「……ねぇ。
いつか、関係もオープンに出来るくらいになったら…俺達、同棲とかして…
ずっと貴方の傍にいたい。
一生貴方に着いていきたいです」
「…桜庭…」
大きな手に触れ、少しずつ睡魔に誘われる。
睡魔が夢の中に来いって言ってる。
それに抗うように目をしばしばと瞬かせる俺の前で、
桐嶋さんの優しい微笑みが、微かに曇った気がした。
「…………そりゃ無理だろうよ」
───聞き間違い
では、なかった。
低い声で確かに呟かれた桐嶋さんの短い台詞に、
眠気なんか何処かへ飛んでいってしまった。
「えっ? な、なんで?」
呆気に囚われながら、当然俺は尋ねる。
尋ねた俺に、桐嶋さんはやはり淡々とした口調で答えた。
「単純な話だ。
男2人が…俺らが、こんな付き合いずっと続けていけるわけねぇだろ」
「ちょっと待ってくださいよ…
何なんですか、急に」
信じられない言葉をつらつらと述べる姿に、俺は戸惑いを隠せない。
怪訝な顔を向けるも、桐嶋さんは続けた。
「それにお前、結婚はしたくねーのか。
俺とこんなことしてちゃ、お前の親にも悪いし…何より説明がつかんだろ。
受け入れてもらえないかも知れねーんだぞ」
早口で語りかけるのは、
今までお互い気にかけたこともないような話だ。
いや、そりゃ、
ちゃんと結婚して安定した方が、親孝行ではあるんじゃない。
けどそれは俺の望むことじゃない。
生き方くらいは自由にさせてくれた親だったよ。
「は? なに勝手なことばっか言ってるんですか」
つい反抗的な台詞が口をつく。
だが無理もないと思って欲しい。
最愛の人に言われたことがあれなんだ。
怒りもするし、何よりショックだ。
「男同士じゃ都合が悪いことが多すぎる。会社でもやりにくいじゃねーか。
今から矯正しちまえば済む話だ。
もしお前が出来るなら……
俺なんかやめて、ちゃんと今度は、普通の恋愛…」
「ふざけないでください!!
マジで何言ってんすか!!」
バチッ…と鈍い音を立てて、
その先を聞きたくないのもあり、
俺は反射的に桐嶋さんの頬を打った。
鬼上司に初めて手を上げるのは、さほどの恐怖でもなかったが、
直前までの、何かに耐えるような切ない表情は見ていられなかった。
そちらの恐怖に勝てなかった。
そんな複雑な顔して、
何を言うんだよ…この人は。
「なに焦ってるんです!?
なんでそんな言い方するんですか!?
どうしてそういつも、人の目ばかり気にするようなこと…
フツウの恋愛ってなんだよ…
男の俺に嫌気が刺したならはっきり言えよ!!」
あれ、俺敬語使えてなくね。
後で覚えてたら殴られるぞ。
いや、この後って何なんだろう。
この後なんかあるの。今度こそ終わっちゃうんじゃないの。どちらかがまた部屋を出て行って……まるであの日みたいに。
桐嶋さんは随分と簡単に言ってしまうけど、
俺はコレを、そんな安易にやめられるような関係に思ったことなんて、
一度もないよ。
ぐるぐると遅れて回りだした頭が、
答えの出ない迷宮をさまよう頃…
張り裂けんばかりの声が、耳に飛び込んで来た。
「好きで好きで仕方ねぇから怖いんだろうがッ!!!!」
胸倉を掴んで、寧ろ憎々しそうに俺を睨みつける桐嶋さん。
驚き固まる俺に、目の前の男は続ける。
「お前にそんな気持ち持つ度、
不安が付きまとってくんだよ…!!
特に最近は、無性に…
本当にこれでいいのかって。
お前にはもっと別の道があるんじゃないかって!!」
この人が声を荒らげることは多いけど、
こんな取り乱し方は初めてだ。
俺はひゅっと息を飲んだ。
…それを言うなら貴方でしょう。
俺じゃなくても別の道が幾千とあったでしょう。
けどそれらを選ばなかったのも本人なんだから。
まったく同じことだ…
俺はただ、自分の確かな克己心で、
桐嶋寛人。貴方を選んだまでなんだ。
真っ直ぐ向けられた鋭い目に、重ねて問う。
「…一体誰に何吹き込まれたんです」
「別に、吹き込まれたとかじゃ……けど、
同性愛ってそんな簡単じゃねーんだろ。
現にそれで参ってる奴は知ってしまったし…」
ああ…
ようやく納得がついた。
「…成宮さんのことでしょ」
見透かすように挟んだ俺に、
桐嶋さんは一瞬驚いた顔を見せ、それから盛大にため息をついた。
「……ッくそ、大体!
どいつもこいつも、
こんな根が腐った奴のどこが良いって言うんだよ…
お前のことだって正直初めは大嫌いだったし、
立場使って散々コケにしてきたしよ…」
「……」
そう言えばそうだった気もする。
というか、そうだった。俺達は犬猿の仲だった。
呼び出し食らって、会議室に何度世話になったことやら…。
思わず苦笑しかけた俺だが、
伏せられた桐嶋さんの顔からポタポタと水が落ちるのを見ると、
その表情はすぐ強ばってしまった。
「相手が成宮だろうが、
泣きそうな顔でせがまれたら、罪悪感で押し潰されそうにもなるわ…
いくら性悪な俺でも、だ。
無理だってはっきり突き放すのも、正直辛い」
俺の肩口に頭を落とし、触れた背中から震えが伝わってくる。
「どうしたら良かったんだよ…」
この人はまだ、
男同士で想い合う異様さに恐れてる。
ダメなことだと思ってる。
そして何よりはっきりとわかったことは、
自分なんか好きになんてさせなきゃ良かったんだっていう、俺と成宮さんへの後悔の念。
俺達が勝手に桐嶋さんに惚れたのを、まさか貴方のせいにして責め立てているなんて……
そんな人が、性悪なもんか。
健気な程いい人だよ、ばか。
「申し訳ねぇんだ」「もう嫌なんだ」と涙声で繰り返す姿を見ると、
俺としては未だ成宮さんの存在にわだかまりを覚えるが…
そんな邪気を払うように、俺は唇を噛んだ。
「そんなに気に病んでいたこと、
気づけなくてすいませんでした…」
沈んだ声に、かぶりを振る桐嶋さん。
まぁ…こんな言葉慰めにもならないし、何より求めてもないんだろうが、
俺が思ったことだから、一応の形で口にする。
そして今度は、力一杯この人を抱き締めた。
「けど、もうひとつすいません……
俺貴方のこと、
なおさら好きになっちゃいました」
あえて無邪気な笑顔を見せれば、
桐嶋さんは目を濡らしたままそれにつられ、
つられた後にすぐ足を蹴ってきた。
「……ばっかじゃねぇの、お前」
その後…
すぐまた溢れ出した涙に、押し殺すような嗚咽に、
俺はもう一度この愛しい人を、自分の胸の中に抱き込んだのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
121 / 180