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死んでも負けたくなかった
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「てめ…こんな終盤に取らせるとか、
絶対なんか仕組んでたろ!」
少なくなった手札を切る桐嶋さん。
まさに、信じられないという顔だ。
さっきまであれほど臆面知らずな態度を取っていたと思うと哀れだが、俺としてはこんな面白い展開はない。
「いちゃもんですか? 負けと見なしますよ」
散らばった捨札を集めつつ、不服そうな桐嶋さんに視線を向ける。
『負け』の言葉に、その目元がピクリと引き攣った。
「ふざけんな!」
ようやく焦りの色を見せだしたこの人に、俺はどこかホッとした気持ちを覚えた。
こういうゲームは、勝敗の決定が近づくにつれ、
どうにもいたたまれなくなるというか…この場から逃げ出してしまいたくなるってもんだ。
目の前の勝負に集中したいのに、頭の中では次々と妄執があわ立つ。
その気持ち自体は、お互い様なのだ。
賭けている内容は抽象的だが、
だからこそ危うい。
互いの根性の悪さを知ってるからこそ、負けた時が怖い。何をされるかわからない。
…きっと今はこの人の方が、
そんな恐怖で頭がいっぱいになってる筈だ。
「そんなに勝ちたいですか」
クスクスと笑う俺に、愚問だとばかりに睨みつけてくる桐嶋さん。
「当たり前だ」
自分が勝ちたいというかはおそらく、
勝たないとマズイって感じだろう。
それでもきっと、あと数手でケリがついてしまう。そう思わせるカードの少なさに、俺達の緊張は高まるばかりだった。
「……じゃあ、
思い切り負かしてあげますよ」
にっこりと満面の笑みを浮かべてみせる。
その時、
頭に血を上らせた桐嶋さんが、
同時に少し怯んだような顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
「さぁ俺の番です、引かせてください」
「…ん」
おずおずとカードの裏面を差し出す桐嶋さん。
その数枚に目を配ってから、じっと表情を観察した。
気持ち悪がられるのも構わずに、粘っこい視線を執拗に絡みつかせて…
それに耐えながら、
俺の目の前で、茶褐色の瞳がちらちらと揺れた。
「不用意に目動かしちゃわかりますよ、桐嶋さん」
「うるせぇな、お前は心理学者か何かか!」
ポーカーフェイス下手を弄ぶのはこれくらいにしておこう。
俺は一連で、安全だと確信したカードを拾い上げた。
数字が揃ったことにより、また捨札が増える。
俺の手札は残り二枚となった。
「……引くぞ」
ジョーカーが無くなったとなれば、気は軽い。
桐嶋さんのも、特に何を疑る必要も無いので、さっさと俺のカードを選んで引いた。
とうとう手札が一枚になる。対する桐嶋さんのカードは二枚。
あのどちらかがジョーカーだ。
俺ははたと顔を上げた。
「次俺がババを引かなかったら、
貴方の負けですね…」
目の前でカードを持つ手が、ぐしゃりと握り潰しそうなほど力んでいる。
震える腕を誤魔化すように、桐嶋さんは笑った。
「引くも引かぬも確率的には二分の一だろ」
そう、そうなればまた状況は元通り。
なかなか終わらなくて焦れったいやつだ。
俺は咳払いをして、
金縛りみたいに痺れ切った足を組み替えた。
『負けた方は、相手が夜眠るまで、何でも言う事を聞く』
そんな条件を提案したことを、今さらながら、少し後悔する。
と同時に、今俺は、
とてつもなくワクワクしている。
「おい…早く引けよ」
急かすように言う割に、引いて欲しく無さそうな苦顔の桐嶋さん。
痛いほど速く打つ鼓動に、
俺は胸に手を添えて、大きく深呼吸した。
「あードキドキするなぁもう!」
今ここで、「やっぱり勝負はやめにしましょう」と言えたらどんなに楽なことか…
だが言えない。もう遅い。
後一手…もう進むしかないのだ。
「引きますからね…」
そう告げるまで散々シャッフルされた二枚のカード。
捨札の山を踏むのも気にせず、
じりっと距離をつめ、桐嶋さんの面持ちを確認した。
「ば…っか、顔見んな!!」
「いてっ!」
途端、
手札を隠した桐嶋さんにべチッと額を叩かれたので、俺はしぶしぶまた一歩退いた所で正座する。
別に人の表情見るのって不正行為じゃないんだけどな…
力任せに引き剥がそうとしてきたあたり、
この人も今、相当必死になっているんだろう。
「右か、左か…それだけ選べ」
再度切り直したトランプ二枚が、
再び胸の前に掲げられる。
「それは、俺から見てですか。 桐嶋さんから見てですか」
「は? あぁ…
じゃあ…俺から見た方で」
桐嶋さんの声が震えて聞こえる。
膝の上に置かれた俺の拳も、ビクビクと震えている。
頭が痛いほどの気詰まりだ。
なんでカードゲームにここまで緊迫しなければならないのか。
「…だったら…」
でも、いい。怖がる必要は無い。
今ジョーカーを引いたって、またこの人に引かせればいいだけの話だ。
それに……
正直言って、
これ以上有利な立ち位置にあることはない!
腹を括った俺は、
すぅと息を吸って、閉じていた目を開いた。
「左」
ぽつりとそう零せば、
桐嶋さんの身体が、傍から見てもわかるほど硬直する。
ただならぬ緊張のせいもあるのか…
一驚を喫し見開いた目は、
俺にとって良い意味なのか悪い意味なのか、上手く読み取れなかった。
「……なんつった」
「えっと…左、です」
繰り返す言葉は、二度言わされると自信がなくなる。
が、
桐嶋さんは手元のカードへと目を落とし、黙ったきり何も答えてはくれない。
息を呑んだまま唖然としていて、
今この人の目前で手を振っても、気づいてくれそうにないくらいの様子だ。
「……」
これは……あれだな。
俺はおもむろに痺れた足を伸ばし、身を乗り出すように体制を変える。
そして……
「失礼します」
思い切って、左の方。
俺から見て右のカードをひったくった。
「ゃ、あ、ちょ…待っ!!」
桐嶋さんの言葉になり損ねた焦り声と、はくはくと細切れに開く口元で、
確信に近い憶測は、
紛れないただの確信へと変わる。
まさに、緊張の糸が切れた瞬間だった。
「……ぁはは、すごい」
手に取ったカードには、
ジョーカーを示す悪魔でめなんでもない、クラブの7が。
俺の欲しかったものにおあつらえの数字が、そこにはあった。
二通りと言えど、
これ以上望ましい結果なんてない。
つまるところは、
俺の、俺の、俺の────────
「あ が り」
楽しげに言ってパラパラと降らせた二枚のカードが、
その場にすくむ桐嶋さんの頬を掠め、
フローリングの上に散らばった。
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