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モテ期ってやつ
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その日───
いつもの鬼上司は、
まったくもって鬼上司の基準を満たしてはいなかった。
俺の新人みたいなしょうもないミスに嫌な顔ひとつせず、
何故か休憩時間に俺にもコーヒーを容れてくれる。
明海さんの尋常じゃなく散らかったデスクも見逃していたし、
出張先で買ったあまおう苺の何たらのお土産に『美味しいです〜』『可愛いです〜』と一々感想を述べに来る社員達に神対応。
それを見て、
キャッキャするな。語尾を伸ばすな。寄るな触るな。と睨みをきかせる俺にも神対応。
「怒んなよ」って言ってから頭ポンポンするなんて、ずるいし、鉄板的な手口だよな。
いつから少女漫画のヒーローになったんだ、と上手く交わされて悔しい反面、
ヒロインになりきってキュンと胸を射られる俺も居たり。
そんな昼下がりを過ごしているなんて、
本日の営業部はひじょ──に、
のだやか。穏やか。
従容たる雰囲気に満ち溢れているなぁと、心から思った。
──…が。
そんな快適な時間も、長くは続かなかった。
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「悪い、ちょっとこれ任せた」
『ぁ、はい…!』
何となく浮ついた業務時間の中。
桐嶋さんがふとオフィスを出て行ったものだから、ここぞとばかりに後を追ってやった。
少しでも二人きりになりたいのと、
成宮さんのことを聞きたい理由で。
「桐、嶋、さんっ!」
「なに……うわ、また出やがった」
直感で狙えば、
その人は予想通り手洗い場だった。
「ねぇ、今朝のことなんですけど…桐嶋さん。
成宮さんと仲直りしましたね?」
洗面台で手を流している桐嶋さんに身を寄せ聞けば、「ん」と短い肯定が返ってくる。
「はぁぁやっぱり……!」
不安や思うこともあったけど、
やはりそれは嬉しい事だった。
「昨日は心配がってたから…
ほんと、良かったです」
それ故か、
ふとした瞬間も、今日のこの人はいつになく柔らかい表情を見せている。
これが幸せだと思えないで、
誰が恋人を名乗れるものか。
幸せオーラにつられて、俺の顔はふにゃりと緩んだ。
「ふふ……あ。
昨日といえば、あれだ。
あの……身体の方は大丈夫ですか」
「ぇ。はぁ?」
詳しく二十時間近く前を振り返ってみると、
いつも翌日に腰がダルいと非難されるのとはレベルが違うと思うのだ。
ずいぶんとの内容の転じる質問に、桐嶋さんは「突然振るか」と苦笑を浮かべた。
「まぁ、そうだな…若干腹壊してる…かも。とか」
「うわ、すいません…
それって後々酷くなりますかね」
桐嶋さんの中に…
回数なんて数えたらとんでもない。
上から下から、どれほどの量が注ぎ込まれたことか。…何がなんて聞いちゃ駄目だ。絶対駄目だ。
「今更かよ。これくらいわけねぇし」
結構本気で心配したのに、
この人は意外そうな顔をして笑っただけだった。
「成宮がただのバカ一色なのに比べて…
お前の性格ってほんと二面性あるよな。
何そのしおらしさ。
昨日のコイツがどんだけ怖かったか知ってんのか?ん?」
からかうように言って股に軽く膝をぶつけてくる桐嶋さん。
「ぁはは、もうすいませんって、ほんとに!」
「深く反省しやがれ、このッ」
「いてっ! だからすいませんってば!」
壁に押し付けられたり交わしたりしてしばらく謎の葛藤を繰り返したのち、
桐嶋さんは俺の耳元で、
「まさか、この大人しい桜庭にだぞ?
あんな趣味があるなんて知ったら…部内騒然とするだろうなぁ…」
そう言って、低い声で笑ってきた。
「…そんなの。
桐嶋さんもじゃないですか」
にやにやしている桐嶋さんを壁に押し付け返す。
少しだけならいいかな、
と思って、おもむろに顔を近づけた。
「まさか、部内みんな恐れる桐嶋寛人が…
俺にだけ……俺の前でだけは…」
迫るにつれて、桐嶋さんの瞼がゆっくり下ろされる。
意外にも快く受け入れてくれるらしい態度が、また余計に欲を煽る。
少しずつ、形の良い唇が近づいて…
あと数センチ。あと数ミリ。
あと、ほんの僅か……
────と。
その時だった。
バタバタという足音と共に、
男子高生の休み時間かと疑う騒々しさで社員達が駆け込んでくる。
「ぅわッ!!」
…瞬間、
俺は当たり前のように中心を蹴り上げられて、その場にうずくまるに至った。
そして、
焦るのはわかるけど他に何かなかったのか…と血でも吐きそうな思いで唇を噛んだ。
「ッあービビった…!
何だお前らぞろぞろと。来るならわけて来いよ、わけて」
動揺して良くわからない部分に不満を垂れる桐嶋さんに、社員達は
『や、もう限界っす』
『じきに漏れるんで』
と軽い冗談で返す。
一人の社員は、俺達を見比べて呆れ笑いを見せた。
『うわぁ。何やってんすか、
また二人でいちゃついてたんすか』
「はっ? いちゃつく言うな」
それもまぁ冗談なんだろうが、余りにも的をついた冗談で。
図星を受けたこの人は、本気で目を怒らせていた。
『なんか俺もうほんと思うんですけど、
二人って絶対付き合ってるでしょ』
「ねーよ! やめろ」
過剰な反応をすれば余計面白がられるしバレやすくなりますよ、と忠告したくて、
少し距離を詰めれば、すぐ寄るなと引き離される。
『お前はいっつもそうやって桐嶋さんにはり付いてるしな』
『な。わりと良く見る図だよな、これ』
カッとなってる桐嶋さんをまぁまぁとなだめつつ、「ただの偶然だから」、と何の助けにもならない弁解をする。
しばしの間大人しく笑いものにされていては、
一人がこんなことを言い出した。
『桜庭さ、桐嶋さんにべったりしてばっかいないで、女の子の相手もしてやりなよ。
せっかく新人の子たちにモテてんのに』
「・・・ハイ?」
全ては、
その二文字とクエスチョンマークに尽きた。
『ハイ?じゃないわ。
お前に資料作成教わった子が、すごい気さくで笑顔もいいってキャーキャー言ってたよ』
悔しそうに口を尖らせる社員達に対し、
そんなことも教えたか、と状況を思い出すのに必死な俺。
隣では桐嶋さんが「物好きも居るもんだ」と言わんばかりに驚き目を見開いていた。
…失礼な話だ。
「こ、こいつが…?」
「そうだよ、ナイナイ。
営業部といえば桐嶋さんでしょ」
わざわざ謙遜するつもりはないが、
女関係をいじられるのは、この人に比べちゃ慣れないことだ。
ふるふると首を振り、一緒に両手も振る。
『いやまぁ、桐嶋さんが人気なのは当然なんだけど…やっぱ、ねぇ』
『ちょっと、てか、うん。かなり怖いからね』
言いづらそうに苦笑する社員達。
それでもはっきり言うもんだから、桐嶋さんはなるべくして不機嫌になる。
「るせぇな…上司の不満は影で言うもんだろうが」
それは、何でもない本音を言ったつもりなんだろうが…
聞く限り、この人の性格の悪さが思い切り滲み出た言葉だなぁとしみじみと思った。
が、突っ込みたくて流石に突っ込めなかった。
『このコワ…厳しさに慣れるまでの新人の子たちは、大っ体桜庭の方に目つけんのよな』
『かっこいい可愛い爽やかで好感だってね。ずるいよな、ルックスのいーやつはさ』
『営業も恋愛も、事始めは全部カオだからな』
「そ、そう……なのかな」
この俺がモテているなんて。
そういう情報には敏感な所があったし、
もちろん自分に関しても鈍くはないと思っていたが。
俺の表向きの振る舞いって、そこまで女の子の話題になるんだ…
と、裏の俺は意外に思う。
そして同時に、
こういうのは案外満更でもないな、とか…思ってしまう。
俺もちゃんと、一人の男だったようだ。
「ですってよ。
どうしますか、いつか桐嶋さんより人気者になっちゃったら」
トントンと肘でつつきながら、この人の反応を探る。
相当頭に来たような不機嫌面がこっちを向けば、まずいなと思うも、時既に遅しだった。
「…俺に振るな。
お前の事情なんて知ったこっちゃねぇし、
つかどうでもいいし…
一々下らねぇ話に舞い上がってんじゃねぇよ」
バシッとこの手を振り払って、
俺含め社員達を睨みつける。
途端にその一人一人が目で「なんなやばくないか」「やばいな」と信号を発して、やがてその目線はすべて俺の方へ集まった。
桐嶋さんの理由不確かな怒りと社員達の『なんかやばい』が、痛いほどの視線を通じて、
いっせいに俺に突き刺さった。
「男でも女でも…
好きにたぶらかしときゃいいだろ」
出て行った桐嶋さんの後で、
バンッと壊れそうな音を響かせ扉が締まる。
「…えぇ…」
反動で立てかけて合った『お手洗い』の板が少しずれた。
『さ、桜庭……何今の…』
ここに残された俺達は、
凍りついたトイレの中、しばらく出て行きたくもなくて、その場に身を縮める他なかった。
……次の瞬間、
和やかだったはずのオフィスは、緊迫感の三文字を具体化した場に一変したという。
本当にあった怖い話だ…
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しっと。
いつもは逆の立場ですからね。w
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