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鎮火(士郎side)
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通話の途切れたスマートフォンを見つめ、唖然とした。
煌牙の話が出た辺りから、雲行きの怪しさを感じてはいたものの、てっきり不機嫌を逆手に取り、こちらを追い込んでくるものとばかり思っていた。
あの毒のように甘い声で嬲られるのを、ほんのわずかだが期待していた自分に気づき、首の後ろがカァッと焼けつくような熱を持つ。
安易に浮き立った自分が、途方もなく愚かに思えた。
鼓膜に染み込んだ龍之介の声に、未だ昂ぶりの収まらない身体を持て余し、ため息をつく。
百歩譲って、龍之介の不機嫌の理由が嫉妬だったとしても。
冷たくこちらを切り捨てた相手を想い、身悶えた果てに欲望を放つには、さすがにプライドが邪魔をした。
疲れているのは、お互い様だ。
離れて不安なのも、止めどない欲望を持て余しているのも、何も龍之介一人ではない。
少しはこちらの身にもなれと、時を追うごとに怒りが込み上げてきた。
そばにいれば直接ぶつけることのできる想いも、離れていればこうして自分の中だけで処理するしかないことも、今後は増えていくのだろう。
時計を見れば、夕食までまだ時間があった。
汗でもかいて発散しなければ、何かに当たってしまいそうだ。
クローゼットの中から空手の胴着を取り出すと、手早く着替えて部屋を出た。
初夏の爽やかな風が、むせ返るような緑の香りを運んでくる。
庭に出て深呼吸を繰り返すと、少しずつ心も落ち着いてきた。
靴を脱いで、素足で大地を捕まえた。
もはや身体の一部に思えるほど馴染んだ型を、深い呼吸のもとで繰り返す。
何も考えなくても自在に手足が動くのが、ひどく心地よかった。
次第に無我に近づいていく。
やがて深く息を吐きながら、型を終えた。
「……ふぅ」
余計なものが剥がれ落ちた後には、どうしたって消せない愛しさばかりが残る。
傷も治りきらない身体で、リーダーの重圧に耐える龍之介に、甘さを期待した自分が悪いのだ。
そう、素直に思えた。
そもそもあの男が勝手なのは、今に始まったことではない。
いつだって好きな道を好きなように行く男だ。
靴を履き直すと、気分転換と体力作りを兼ねて、敷地内をランニングすることにした。
「ナイト……じゃなくて会長! お疲れっす」
「見回りか?」
「なぁ、オレも空手やってたんだ。今度、稽古つけてくれよ」
「胴着、カッコイイです!」
方々から声がかかるのに、身振りや視線で応えた。
会長と呼ばれるのには未だ慣れず、居心地の悪さも感じたが、容認する空気は素直にありがたかった。
今はまだ、役員の体力作りや煌牙のことでバタついているばかりだが、会長に就任したからには残り2年弱の任期を使い、恩ある学園に形あるものを残したかった。
生徒それぞれに、ここに送られてきた理由や経緯は多々あれど、学園を出た後、一人で立てる力をつけてやれるかどうか。
すべてはそこにかかっていた。
桜華に教師はいない。
カリキュラムはすべて選択制で、各界の一流教師による映像授業となっていた。
学ぼうと思えば、かなり高度な知識が手に入る反面、授業に出席しなくても、一切の罰則は与えられない。
未来に希望を抱けなければ、その時その場を楽しむことでしか不安から逃れる術はない。
だが、逃げ続けた先にあるのは空虚な闇ばかりだと、自分自身、身をもって知っていた。
あれがない、これが嫌だと駄々をこねるだけなら、赤子にもできる。
男なら、武器を身につけ、戦うべきだ。
困難に立ち向かう力をつけ、いついかなる時も戦えるよう導くのが、学園の運営を超えた、生徒会の真の存在意義だろう。
走る時間に考えをまとめるのは、昔からの癖だ。
脳に血が行き渡るのか、滑らかに思考が巡る。
それぞれの長所を見抜くのは、克己の得意技だ。
長所に合ったプランを練って、一人一人に提示してみるのも面白い。
翡翠の並外れた情報収集能力と分析力は、プラン作りの過程で大いに役立ってくれるだろう。
相談役には、話しやすい達也が打ってつけだ。
ジェイには精一杯、イベントやスポーツで、学園を盛り上げてもらおう。
頭の中がクリアになり、適度に身体が温まった頃、
「ケンカだってよ」
「見に行ってみようぜ!」
耳に飛び込んできた会話に、嫌な予感がして、行く先を変えた。
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