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孤独な虎(士郎side)
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連絡しておいたお陰で、到着した時にはすでに、スクリーンには煌牙の部屋の映像が映し出されていた。
翡翠とジェイの横に滑り込み、スクリーンをのぞき込むのと、煌牙とガードたちが部屋に戻ってくるのが、ほぼ同時だった。
煌牙は部屋に戻るとすぐさまベッドに倒れこんだ。
右を下にして身体を丸め、動かなくなる。
やはり、具合が悪いようだ。
『……坊、あんま無理せんでください」
『……るせぇ……。黙んねぇと、ブッ殺す……」
ただでさえハスキーな声が、さらにかすれ、ドスを帯びる。
顔を見合わせたファーストとセカンドがため息をつき、煌牙をサードに託して隣室に移った。
その後も画面を見つめ、待ってみたが、二人の間にそれ以上の会話がなされることはなかった。
しばらくすると、サードがそっとベッドサイドに歩み寄り、煌牙の身体にタオルケットをかけた。
「ダメだね。……眠ったみたいだ」
翡翠が小さな声も聞き逃さないようにと、耳に当てていたヘッドフォンを外して、首を振る。
「時間をもらえるなら、病気関連のワードに反応するようにプログラミングを組むこともできるけど……、何かわかったら知らせようか?」
「頼む」
「OK。ただ、リンさんから聞いた方が、確実で早いかもしれない。まぁ、知ってればの話なんだけど」
翡翠がさっそくプログラムを打ち込み始めた。
仮に何かあるとしても、監視されていると予測できる室内で、確信に迫る会話が成される確率はかなり低いだろう。
翡翠の言うように、こちらはあくまでセーフティーネットくらいに考えておいた方がいい。
「……こいつ、どっか悪いんすかね」
険しい顔つきでスクリーンをのぞき込んでいたジェイが、不意にポツリとつぶやいた。
「つーか、悪けりゃいいのに、とか思っちまう自分が、すげーやだ。……ちっちぇーな、オレ」
翡翠を抱かせろと煌牙が言い出してからの、ジェイのトレーニングへの熱の入れようは、端から見ていても尋常ではなかった。
まるで人が変わったようにメニューをこなし、昨日も夜遅くまで戦闘モジュールを占拠していた。
「……おまえはよくやっている」
ダークブロンドの髪にポン、と手を置くと、捨て犬みたいな瞳が見つめてくる。
男として戦闘面で負けている情けなさも手伝って、せめて敵が弱ければと願ってしまうのは、無理からぬことに思えた。
「あまり一人で頑張るな」
すると突然、ジェイの瞳がウルっと揺れた。
「士郎さんの頭ポンポン、すげーくるっ。何この安心感!? やべーんだけど!」
「……男のくせに、こんなことくらいで泣くな」
翡翠と顔を見合わせて、苦笑した。
「とりあえずのプログラミングは終わったよ。後でもう少し補強するけど、何かヒットしたらすぐに知らせるから」
「助かる。着替えてから行くから、先に食堂に向かっててくれ」
翡翠とジェイが出ていった後も、しばらくの間、スクリーンの中の煌牙を見つめていた。
煌牙には、身体が思うように動かないなら安全、と単純には言い切れない危うさがあった。
幼い頃から、裏稼業を営む克己の実家に何度も出入りする中で、思い知ったことがある。
ギリギリのところで己の身の安全を取る人間は怖くない。
煌牙は自ら業火の中に身を投じる、言ってみれば龍之介に近い種類の人間に思えた。
どう転ぶにせよ、桜華の敷地内で何かあれば、こちらの責任になる。
何かあるのなら、早いところ全容を把握し、手立てを考えなければならなかった。
ルイなき後も医療設備はそのままの状態で残してあったが、肝心の医者がいないのも気になった。
必要な場合は、連携した閉鎖病棟のある病院に搬送する決まりになってはいたが、それが間に合わない、あるいは本人の同意が得られない場合のことも考えておかなければならないだろう。
簡単な縫合と点滴のやり方くらいはルイから習っていたが、せめて緊急時の対応と蘇生法くらいは役員全員、医療モジュールで学んでおいた方がよさそうだ。
少し迷って、ホットラインでリンを呼び出した。
『よぅ。さっそく、虎絡みのトラブルか?』
「単刀直入に聞きます。煌牙の体調に関して、オレが知っておくべきことはありますか?」
『……それ、トップシークレットで頼むな。けどまぁ、このまま病状が進めば、隠してもおけねーとは思ってた」
リンがため息の中で、書類の束を掲げて見せた。
「ヤツのカルテの写しだ。心室中隔欠損症、術後。心内膜炎併発。一度は手術で完治したらしいんだが、油断して暴れまくったのが悪かったんだろうな。心内膜炎を併発して、ここ半年で急速に悪化したって話だ。今は薬で小康状態を保っちゃいるが、医者の話じゃ炎症が広がったり、次にデカイ発作が起きたら終わりだと」
予想以上に深刻な内容に、言葉を失った。
本来なら、病院でしっかり経過を診る必要があるはずだ。
「……ここに来たのは?」
「ヤツの親父さんの命令だ。手術を打診した医者全員が、再手術は無理だと断ってきたんだと」
リンの表情にも、苦いものが混じる。
「今、ヤツの親父は微妙な立場にいてな。さらに、息子はヤツ一人ときてる。そいつが、いつぶっ倒れてもおかしくねー病気持ちって情報が漏れたら、ヤツの親父の立場も危うくなる」
「息子の命より、立場を優先したと」
「手術で助かるならともかく、手を尽くしても救えねー命に価値なんざねぇ。事が済むまで桜華で匿ってくれって、親父経由で頼み込まれた」
三人のガードは、煌牙を守るためではなく、ここから出さないための見張りというわけか。
……胸糞悪い。
未来を閉ざされて、身内にも見捨てられて。
当たり散らすしか行き場のない悲しみや絶望を、自由の利かない身体で独り溜め込み、耐えるしなかい煌牙を思うと、たまらなかった。
せめて、気を許せる相手の一人でもいたら、救われるだろうに。
周り中、敵だらけで、弱音を吐くことさえ許されない。
希望など欠片ほども見えない、真っ暗な闇の中、必死に歯を食い縛り耐える、傷だらけの獣を思った。
「何か……助けてやる方法はないんですか?」
「手術が成功すりゃ、命はつながる。けど、成功する見込みの限りなくゼロに近い手術だ。それも失敗すりゃ、どーしたって責任を負わされる。ヤツの親父の権力は絶大だからな。まともな医者でやりたがるヤツなんざ、いねぇだろ」
なら、まともでない医者なら?
とっさに閃いて、身を乗り出した。
「カルテと検査データを、すぐに送ってもらってますか?」
「そう言うと思って、もうデータは転送してある。リューのアカウント、開けてみな」
「助かります」
ルイなら。
執刀を引き受けてくれるのではないか?
問題は、煌牙の説得だ。
ほとんど成功する見込みのない手術だけに、術中に命を落とす可能性の方が遥かに高い。
手術をしなければ、病状が落ち着いている今、数週間から数ヶ月、場合によってはもっと生きられる可能性もないわけではない。
だが、確実に体力は落ちていくだろうし、もとより長い未来は望めない。
今より病状が悪化すれば、再手術さえ不可能になるだろう。
どちらを取るのかは、本人にしか選べない。
できるのはルイを説得し、せめて手術という選択肢を与えてやるまでだ。
『おまえは、やさしいな』
「……やめてください」
こんなのは、ただの自己満足だ。
初めて会った時から、煌牙に龍之介の影を重ねていた。
煌牙は言わばジンと出会わずに育った龍之介だ。
愛も温もりも知らない獣のまま、独り寂しく逝かせたくはない。
『なぁ、さっきから気になってたんだけどさ。その顔、もしかして、アイツにヤられたんじゃねーの?』
「……確かに、殴る蹴る、好き勝手されましたね。元気になったら、きっちり倍返しさせてもらわないと」
『ははっ、んじゃ、ますます頑張んねーとな』
「忙しい時に、すみませんでした。動きがあれば、また報告します」
『おう』
通信が切れると、さっそく龍之介のアカウントを開き、データを確認した。
スマートフォンを手に取り、何かあったらかけて来いと渡されていたルイのアドレスをコールした。
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