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松くんの悪戯
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朝、頬に冷たい風が刺さる。ワカメのチャリの荷台に座って、サドルの下を掴む。そんなとこ持ってないで腰に手を回せって?いやいや、ムリだから。
意識し始めたら止まらない、日に日に好きになるっていうのはちょっと違う。毎日違う俺が違うワカメに恋をしてる気分だ。気持ち悪っ。向かい風と共に、ワカメの匂いが鼻につく。俺の家とおなじ洗剤のはずなのに、なんでこう、ドキドキするかなぁ。腰に手を回せない、そんな可愛いこと俺にはできない、素直になればいいんだけど、こんなときに意固地な俺がすげーやだ。首に巻いてるマフラーに顔を埋めると、家の匂いがする。ワカメの匂いと少しちがう、この匂い。お前も、俺の首に鼻をよせるときは、こんな気持ちなのかなぁ。
「やっ!お二人さん、今日も仲良く登校さ?追試まで着いてくるなんて、松って優しいな」
ワカメがチャリを駐輪場にとめていると、背後から古賀の声がした。古賀はにんまり笑って、ワカメの腕に腕を絡ませる。
「相変わらず今日も塗り壁みたいさ?」
「こーが。すげぇ邪魔、くっつくなよ」
「はっはっは、先に教室いってるさ?追試、がんばろーな」
パタパタと走っていく背中を見つめながら、ワカメは「今日も元気だな、あいつ」と呟いた。たしかに、古賀ちゃんは底抜けに明るいけど。あれ、絶対勉強してない顔だ。
「俺、図書室で待ってるからさ、早く終わらせて来いよ」
「言われなくてもそうするわ、集中力切れるから喋りかけんなハナクソ7」
「はぁん?まじでお前ってやつは、…っておい、ひっぱんなよ腕を。触るなよ俺に」
ぐい、ぐい、とセーターの袖を引っ張られる。イラついた顔してみるけど、キモイ話、嫌じゃないんだよな。こういうの。
セーターを引っ張られたままワカメについていくと、そこはロッカーの死角だった。俺の二歩前を歩いていたはずのワカメがくるりと振り向いて、長いうでが絡まってくる。ワカメの胸に頭が抱えられるように、一瞬、一瞬だけぎゅっと、
「な!に!してんの!死ねば!」
「お前が死ねば!図書室でもうんこ室でもどこにでも行ってろバァカ迎えに行ってやるよクソが」
「お前デレるかキレるかどっちかにしろっつーの!ほら、早くいけ!」
げしっと、照れ隠すようにワカメの膝裏を蹴り上げる。恨めしそうな顔をされた。その直後ワカメの右手がのびてきて、あ、頭殴られる…!と、思ってぎゅっと目をつぶったら、ぽふっ、と頭に手を載せられただけだった。
「クソつまんねー映画だったらお前殺すから」
そういって、スタスタと歩いていく背中。でっけーな、背が高いやつって猫背になりぎみなのに、ワカメはすこぶる姿勢がいい。あーあ、やっぱかっけぇよな、いや、うざいけど。中身はまるっきりクソガキだけど。
図書室に向かう途中で、ずっと考えていたことがある。それは、俺があのワカメの名前を、未だに呼べていないことだ。困ったね、一回ワカメで定着しちゃったもんだからさ……ってのは言い訳。恥ずかしくて呼べるかよ!バァカ!
そう思うとあいつ、すげぇよな。俺のこと、二人きりん時はたまに、名前で呼んでくるんだよ。
頭沸騰しそうなほど、ときどきするんだ、ときめくんだ。あのワカメがだぜ?
恋い焦がれてるみたいにさ、「涼介」なんつってさ、あーあー!思い出しただけでぞくっとする、低い声で耳元で、囁かれたら堪らない、死にそうになる。
だから、俺も何回か挑戦しようとしたんだ。ほんとだよ。清史、つって、呼んでみようと思ったんだけど。
「…キャラじゃない。」
ぽつり、自分の口から飛び出した言葉にため息が出る。羞恥心がどうしても勝るんだもん、仕方ないよ、仕方ないじょん。名前、呼ぼうとしたら、唇が震えるんだもん。
図書室の扉を開けると、そこは人が一人もいなかった。そりゃそうだ、今日は冬休みなんだ、追試がない奴は。適当に本棚に刺さってる漫画を手に取る。少年漫画をパラ見しながら考えんのもやっぱりあいつのこと。
名前、呼んでみたら喜ぶかな。
清史、って呼ぶのはまだ難易度が高いんだ、清史くん?清ちゃん?
だぁーーーぁぁぁ!!!もう!!なんか違うしこっぱずかしいし、ナシ、ナシ!やっぱナシ!
図書室にいるって言ったけど、もういいや、なんか誰もいない教室って落ち着かないし、つーかもう、恥ずかしくなってきてさ、じっとしてらんないんだよ…!
もう一度ロッカーに向かう。一年B組のロッカー、俺とワカメのロッカーは隣同士。あいつ、鍵閉めてないじゃん、アホなの?無防備?
なんとなく、なんとなくだ。ワカメのロッカーを開けた。きったねぇ、プリントとか丸めて入ってるし、なんだこれ。整理しろよバカじゃねーの。
ロッカーの中、仕切りの下、一段目に乱暴に放置された英和辞書。ホコリ被ってますけど。なんでだよ、ついこないだも英和辞書使ったじゃん。そんなツッコミもめんどくさいわ。
英和辞書を手にとって、パラパラとめくってみる。わーすげぇ、丁寧に何一つ書き込まれてない。こいつほんと語学嫌いなんだなぁ。
………いーこと、かんがえた。
俺は自分のロッカーから蛍光ペンを引っ張り出した。綺麗なワカメの英和辞書。こんな綺麗ってことは、卒業まで使うことはねーだろ。
えーっと、ら、ら、ら、らぶ、らぶ、…あった。
今から俺がやろうとしてることはクッソ恥ずかしいことだから、ワカメが死ぬまでこの英和辞書を開かないことを願う。
らぶ、LOVE、意味、愛。すき。………すき。すき、です、柳清史くん。
俺、まだお前の名前も呼べねぇの、恥ずかしくってさ。だからこーいうことしてみんね、これもキャラじゃねぇけどさ。面と向かって名前呼ぶの、まだ、ちょっとむりだから。
ピンクの蛍光ペンで、マーカーをひく。勿論、LOVEという単語を。あー恥、アホか俺、はは、うん、まあ気づかないでいいからさ。
マーカーを引いた横に、小さく清史と書いた。これが俺の字って、お前なら一発でわかるだろ。でも使われてない英和辞書にしたちいさな悪戯だ、お前はもしかしたら卒業まで気づかないかもしれない。
それはそれでいいけど。
そんなことをしていたら、そこそこ時間が経っていた。辞書をもとにあった場所に戻すと、なんか心臓ばくばくいってんだけど。どうしよう、なんかさ、なんか俺、いまめっちゃくちゃ恥ずかしいこと、したんじゃねぇの???
LOVE、とか、もうむり。
そんなんじゃないんだ、きっとそんなんじゃもう、表せない。
ブーブーと尻ポケットにいれていた携帯が震えた。今、俺、顔熱い。ごまかすように携帯を取り出すと、ワカメからのラインだった。
「終わった」
「いまどこだよ」
……追試、おわんの早いよ。
俺はロッカーで悪戯してたことがばれたくなくて、急ぎ足で食堂に向かう。その片手間に「今から食堂でからあげ買う」と送ると、三秒もしないで「俺のも」という返事がきた。なんだこいつ、すげぇがめつい。……ま、いっか、追試お疲れってことで。
食堂で、からあげとコーラを買って、おとなしくワカメが来るのを待ってるなんて、俺もすげぇ、甘くなったよな。ワカメが約束通り、さっさと追試を終わらせてくれたから、この後は、その、………で、デート、だ。
やべぇ、はは、なんかさ、緊張してるよ、俺。
まだ名前もよべないし、手も繋いだことないのに、こんなに夢中でいいんですかね。俺、頭どうかしちゃったんですかね。早く、早く、早くきて、早くこないかな。足をぱたぱたさせながら、あいつを待つ。
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