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笑顔
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彼、篠宮時雨さんはいつも笑ってる。
私も尋と出会う前までは常に笑顔でした。
いえ……笑顔と言っても、作り笑いです。
私の家系は代々執事を務めているため、私もいずれ執事になる。
そうすれば、愛想を振りまかなければなりません。
ですから、小さい頃から笑顔の練習をさせられていたのです。
だけど、尋は、「無理して笑うなよ」と言ってくれた。
嬉しかった。
今でも、それは変わりません。
だからこそ、常に笑顔で居られる篠宮さんが、少し不思議なのです。
仕事が終わり、珍しく2人で帰れているので、聞いてみようと思います。
夕焼けの色が差し込む廊下で、私は口を開いた。
「あの、篠宮さん」
「うん?
あ、名前、長かったら好きに呼んでもいいよ」
あぁ、この笑顔……
私は小さく頷いた。
「では……時雨、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「なんでもいいよ」
時雨。
時雨……綺麗な名前。
「あの、時雨?
お聞きしたいことがあるのですが」
「僕が答えられるならね」
「では……時雨はどうして常に笑顔なのですか?
私は、尋に無理して笑わなくてもよいと言われたのです。
それに、私自身、作り笑顔をすることに疲れて……
だから、時雨が笑顔で居られる理由を知りたい……」
私の言葉に、時雨は足を止めた。
そして窓の外を眺めた。
それはとても美しく、そして儚いように見えて、思わず見入ってしまった。
「作り笑い、愛想笑い。
笑顔ってさ、そうやって相手の機嫌をとったり、懐に入り込むのに使うものかもしれないけど、それだけじゃないと思うんだ。
楽しかったら、嬉しかったら、勝手に笑顔になるでしょ?」
でも、笑顔を作り始めてから私は、楽しいと感じることが少なくなった。
自然に笑顔になることなんて、なくなってしまった。
「……僕もね、たまにあるよ。
無理して笑ってる時。
でも、疲れたって感じることはないかな」
時雨にも、無理して笑うことはあるんですね。
未だに外を眺める時雨は、やっぱり笑顔
だった。
「僕の大切な人がね、言ってくれた言葉があるんだ。
“楽しくなくても笑ってれば楽しくなるだろ” って。
そういうものなのかなって試してみたら、なんだか、気持ちが楽になった。
僕は笑顔でいることが楽で、それが好きなだけ」
そう言って、時雨はやっと私の方を見てくれた。
穏やかな笑顔で。
「春くんは、どんな表情で居れば楽なのかな。
僕は、春くんが見せたい表情じゃなくて、していたい表情で居ればいいと思う。
安曇野くんが言うことも、一理あるのかもしれないね」
否定も肯定もしない。
そんな言葉に、胸の奥がじわりと暖かくなった。
“見せたい表情じゃなくて、していたい表情”
私は……
「私も、笑顔で居ることが楽しいと、思えるでしょうか?」
「どうだろうね。
でも、楽しくなりたいなら、僕も一緒に笑うよ」
ね?と、微笑む。
やっぱり時雨は優しい人だ。
最初の頃はあんなに敵視していたのに、それを根に持つこともなく、さらに私と一緒に笑ってくれると言った。
ふいに目頭が熱くなって、思わず俯いた。
「……ありがとうございます……」
「大したこと言ってないよ。
受け売りだしね」
そう言えば、貴方の言う大切な人とは、誰なんでしょうか。
私は、貴方のこと、まだ全然知らない。
けれど、それでもいい。
貴方が優しい人であることは、変わらないのだから。
私はもう一度、「ありがとうございます」と呟いた。
時雨はまた、優しく笑った。
私はやっぱり、貴方のことが好きです。
いつか、伝えることができるのでしょうか?
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