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気だるさが増した体でなんとか服を着ると、喉がカラカラだったことに気づき、キッチンへ行った。
ダイニングのドアを開くと、カウンターテーブルでトーストをかじっている龍弥がいた。申し訳なさに引き返そうかとも思ったが、それも不自然すぎるかと諦め、グラスをひとつ取った。
「......兄さん、朝食は?」
俺がキッチンに立ったまま水を飲んでいると、おずおずといった感じで龍弥が話しかけてきた。甘えん坊でいつでもどこでも兄ちゃん兄ちゃんとじゃれついてきたのは、遠い昔のことすぎて、現実かどうかもわからなくなる。
「今日は時間ないから、いい」
体調を管理するのに食事は大事だとは常日頃思っている。気分が優れなくて食べ物の味がわからなくなっても、とりあえずスムージーかスープかおかゆなんかにして、サプリメントには頼らないようにしている。もうすぐ死にそうだというのに、仕事のことも考えてつまらない食事をしている。
「それより、おまえ、それだけか?」
「え?」
自分は食べないと言ったのに、ふと弟の食卓を見ると、パンとコーヒーしかないことが気になった。
「もっとちゃんと食べないと、おまえは勉強もスポーツもするんだから、せめて目玉焼きとかサラダとか......」
そこまで言って、母親みたいな口調の自分にハッとした。この1年ほど、どんどん死に近づく俺は弟を避けてばかりだったが、龍弥が高校生の頃までは、母親の代わりを勤めるべく、食事だけは三食用意していた。
「ごめん......料理とか、兄さんに頼りっきりだったから、俺、ほとんどできなくて......」
目玉焼きやサラダくらい、幼稚園児でもできそうだが、俺は弟には一切家事をさせなかった。しなくていいと、俺が言ったのだ。おまえは、しっかり勉強して、友達と遊んで、運動して、普通の大人になれよと。
緊縛師の父と、ヌードモデルの兄がいるなんて、胸を張れる家族じゃないけど、龍弥だけは、無邪気で純粋なお前だけは、真っ当な人生を送ってほしいと。
「昼とか、夜とか......最近どうしてるの」
「昼は学食で、夜はバイト先で食べたり、コンビニで買ったり......」
「バイト先って、チェーンの牛丼屋だろ」
あぁ、俺は何をしてるんだ。もうすぐ二十歳だといっても、弟はまだまだ学生なのだ。学食はともかく、夕食にそんな質素で粗悪なごはんを食べさせていたのか。
母の手料理を思い出す。料理上手な母はいつもきちんと一汁三菜用意してくれて、優しくて温かな食卓だった。母が死んでから、母が使っていた料理本をボロボロになるまで読んで真似したけど、母の味には及ばなかった。それでも。
「......今夜は、7時くらいには帰ってくると思うから......俺が夕飯作るから」
「え」
「......じゃあ、俺、行くね」
俺はそれだけ言うと、キッチンを後にした。そういえば、龍弥の帰る時間も予定があるのかも聞かなかった。
押しつけて、迷惑だろうか。
不安が頭をよぎるも、ふと時計を見るとあまり時間がないことに気づき、俺は鞄を持って静かに家を出た。
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