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あれから数週間が経った。
なんだか気分が晴れなくて、講義をサボりまくってサークルも休んで、辛うじてバイトには行っているが、そこでもミスを連発して店長に怒鳴られた。
ため息混じりに帰宅した家は、真っ暗でシーンとしている。そういえば、あのイベント以降父の姿も見ていない。仕事なのか、はたまた兄とどこかで籠っているのか。
この家から明るい声がしていたのは、遠い昔の話だ。父や兄がいようとも、テレビの音一つ聞こえず、ほんの少しの物音と気配しかなかったが、今はそれさえもない。
バイト着を洗濯機に放り込む。ちょっと前まで、洗濯機さえ動かしたことがなかった。兄がいなくなった二日後に、どうしたものかと説明書を探しだして動かしてみたが、洗剤と間違えて柔軟剤を入れてしまっていたことに気づいたのはその翌日だった。
元から散らかす方ではなかったが、気づけば家中に埃が積もっているし、トイレや風呂場なんて掃除したこともなくて、そこかしこがどんどん汚れていった。
「どんだけ兄さんに頼ってたんだよってな......」
一人リビングでカップ麺をすすり、呟く。
台所も片付けないと。シンクにはカップ麺の残骸が積み上がっているし、冷蔵庫の中には兄さんが買い置きしていたものがどんどん腐り始めている。
何気なく携帯を弄ってみる。兄さんの連絡先は、一応登録してある。変えられていなければ繋がるはず。繋がる?今さら連絡なんてしてどうしようというのだ。
もう忘れてしまおう。何もかも。優しかった兄さんのことも、あのイベント日のことも、全部。
でももし、今電話が繋がったら......一回で繋がったら、一言、謝ろう。
どうしてもちらついて離れない、あの日の最後の兄の顔。ごめんねと言った兄の顔は、俺のことを一番に思ってくれていた優しい顔で、それでいて酷く辛そうで、悲しげで......妖艶に頬笑む兄とは、まったく別人に見えた。
何が兄をああさせたんだろう。
父が兄を唆した?
父はなぜ、あんな仕事を始めたのだろう。
「......」
うっかり指が触れてしまったことにしよう、そんな言い訳を考えながら、兄の連絡先をタップした。
「この電話は現在使われておりませんーー」
返ってきた機械的な声に、俺は虚しさに声を出さずに笑った。
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