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「リカちゃん、おかえり」
先に顔を上げたのはウサギだった。それに続いて鹿賀が振り返る。その顔色が悪くないところを見ると、すっかり回復したらしい。
「悪い、今から夕飯作るから」
少し遅くなってしまったけれど、まだ許容範囲の時間だ。持っていたジャケットと鞄をダイニングの椅子に置きキッチンへ向かおうとすると、後ろでウサギの止める声が聞こえる。
「あ、晩飯なら鹿賀が作ってくれたから大丈夫」
「え?」
「リカちゃん疲れてるだろうからって、鹿賀と俺で家のことしたから。洗濯と掃除も終わってる」
「ああ……うん、ありがとう」
キッチンには鹿賀が作ったらしい夕飯が置いてあった。身体のことを考えて作る自分の料理とは、全く違うメニューに気が落ちる。
それに気づかないふりをしてウサギを見ると、見えない尻尾を振って褒めてと告げてきていた。
それに向かって、また笑顔を作る。
「ご苦労様、慧君」
「俺はゴミ出ししかしてないけどな。鹿賀が全部やってくれた」
ウサギに相槌を求められた鹿賀は、小さく頷く。たった2日で、よくもまあここまで仲良くなれたものだ、と感心してしまう。
流されやすく、1度心を許すと優しくなるウサギ。それは嫌ではないけど憎い。少しだけ悲しい。
けれど、それがウサギなのだから、俺が言うべき言葉は決まっている。
「鹿賀も悪いな、ありがとう」
笑いかけると鹿賀は顔を背けた。
「別に暇だったので。いつも全部任せてる……から、仕方なくです」
素直じゃないと揶揄するウサギに、うるさいと言い返す鹿賀。そこに入れない自分が惨めで拳を握る。
「ちょっと仕事してくるから。先に風呂済ませてて」
「え?リカちゃん晩飯は?」
訊ねてくれるウサギの顔が見れない。見たくないと心が叫んで、身体がその言うことを聞いた。
俺は、ウサギを見ずに答えた。
「一段落ついたら食べるよ。集中したいから悪い」
背後から聞こえる2人の声。聞きたくなくても耳に入ってきてしまうそれに、後ろ髪を引かれるどころか羽交い絞めにされている気分になる。
どれだけ歩いても、それは聞こえる。しっかりと鼓膜に張り付いて、脳内にまでこびりつく音を消したくて耳を塞ぐ。
それでも容赦なく届くその音が、平穏を崩していく。
「ちょ、鹿賀!お前そのステージは残しておけって言っただろ?!」
「そんなこと言いましたっけ?それより、そろそろ課題しましょうよ」
「次のステージまでクリアしたらな」
「さっきから同じことばっかり。僕、絶対に慧くんみたいな大学生にはならない」
『慧くん』と呼んだ鹿賀の声が響く。
「うるさい」と言って拒絶しないウサギの声が心を抉る。
ちらりと見えた鹿賀の手にあるのは、ウサギの課題図書。
また1つ。こうして自分の役目が失われていく。
『慧の為に』
慧の為にできる事が、また1つ失われていく。
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