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自分と似た人物が慧の前に現れた。それは自分よりも慧の求めるものに近くて、自分よりも慧に求められている。
もしその相手が慧を好きになったら。それを慧に告げて、慧がそれを受け入れたら。考えたくないけど、考えなくてはいけない……でも考えたくない。
けれど身体は正直で、嫌な事から目をそらそうとする。
自分の知らない世界を見ていることが許せなくて、自分以外に懐くのが耐えられない。その相手に、たとえ恋愛感情がないとわかってはいても。
もし本当にそうなったら。
「閉じ込めちゃおうか」
小さい声で答えると、歩は想像通りなのか、想像違いなのかわからない顔をする。
「嘘だよ、嘘。そんなこと、できるわけないだろ」
「いや兄貴ならやりかねない」
「お前は俺を何だと思ってんの?これでも、もっと常識的に考えて行動してるって」
皮肉ぎみに笑えば、何とも言い難い空気が流れた。それを打ち消したのは歩の咳払いと一言だ。
「とにかく、慧に連絡してみれば?」
提案してくる歩に首を振って答える。
「逆効果だからいい。それに今は鹿賀と一緒だろうし、頼れるやつもいるみたいだから」
「それって……幸、だよな?」
「かもな。ここで連絡して帰って来たとしても、今度は1人で出て行くかもしれない。それよりは鹿賀と一緒にいてくれるほうが断然いい」
飲む気になれないオレンジジュースを素通りし、煙草に手を伸ばす。いつもより煙たく感じる紫煙を吐き出せば、少しだけ気持ちが楽になった。
それでも歩は納得できない、とばかりに眉間の皺を消さない。
「お前さ、いつからそんなに世話焼きになったの?」
その顔に茶化したように訊ねると、刻まれた皺が更に深くなる。
「兄貴と慧を見ていたら、嫌でもこうなる。兄貴は慧のことばっかりなのに、慧は自分のことばっかりだし……本当、なんであいつなんだよ」
「そんなこと言って、心配で仕方ないくせに」
「なっ、あいつのことなんか心配してねぇ!」
「その割にさっきからスマホ気にしてるけどね」
図星だったのか歩が俯く。ここまで気にかけてくれていることに良心が痛み、気づけば口が勝手に動いていた。
「どうして俺が、ここまで慧を自由にさせたと思う?」
「え?」
「本当は、強引にでも縛りつけておくことだってできる。俺以外の何かに惹かれつつあるなら、それをねじ伏せることなんて簡単なんだよ」
じゃあなんで。歩の口がそう動いた。
「これが俺や歩だったら、気にもしないんだろうね。もし自分が恋人以外を好きになっても、それはそれで仕方ないって思うだろ?」
「ああ、まあ……そういうもんだろうし」
「でも慧は違う。俺がいて、それでも他のやつが気になったら悩む。どちらかを選ばなきゃいけなくなって困る」
首を傾げた歩の不満げな顔。それがどうした、そんなの当然だろと告げてくる弟に、わかりやすく教えてやる。
「自分にできる最大限の努力はする。必死に縋って、相手を蹴落としてでも振り向かせる……けど。もし、それでも他を選んだら」
「選んだら?」
「待つよ。その相手と駄目になるか、揉める時まで待つ。待って待って、チャンスが来るまで待ち続ける。1番の理解者として慧の傍にいて、その間は気持ちを殺す」
それが他人に向ける笑顔でも、笑ってくれたらいい。いつか自分の元に戻ってくれるなら、何ヶ月でも何年でも待って、しつこく想い続ける。
それを歩に告げると、引き攣った顔をしていた。
「兄貴……やっぱり兄貴は頭おかしい」
「そう?俺の慧君至上主義は筋金入りだからね。ちょっとやそっとじゃ変わらない」
今この瞬間も欲しい。けれど、これから先の長い時間はもっと欲しい。ずっとずっと一緒にいたい。
数年の我慢と最期の瞬間を比べたら、答えはすぐに見つかる。
「慧は悩んで迷って、けれど最後は絶対に帰ってくる。それがわかっているから俺は平気」
「嘘……じゃない顔だな、それは」
「歩。お前今、こいつ重たいなって思っただろ?」
「今だけじゃなくて前からずっと思ってる。兄貴の慧に対する依存は重たすぎる」
軽口に軽口が返ってきて安心する。思いつめていた歩から力が抜け、いつもの歩に戻った。
「依存?もうここまでいくと、依存と言うよりは寄生だろうね。俺は慧君がいなきゃ何もしない」
「だからその考え方が怖いんだって」
呆れる歩に微笑み、立ち上がって仕事部屋へ向かう。肩越しに振り返って見ると、心配性な弟は隠れてスマホを弄っていた。
相手は、あの『幸』と見て間違いないだろう。
「歩、あの赤髪に言っておいて。慧君を泣かせていいのは俺だけだって。嫌がることをしたら容赦しないって」
「幸はそんなことしないって、わかってるくせに。それに心配するなら、あの鹿賀とかいう不登校児だろ」
「ああ、あいつは大丈夫。もう何度目かで懲りてるだろうし、何より鹿賀は慧君以上の不器用だから」
ふふっと思い出し笑いを混じえると、歩が続きを催促する。その自信の根拠を言え、と無言の訴えを感じたが、そこまで教えてやるつもりはない。
「ほら、学生は早く寝ろよ。いくら待ってても慧君は帰ってこないんだから」
そう言って踵を返した瞬間「待ってねぇよ!」と怒る声が聞こえた。けれど今度は振り返らずにリビングを出て行く。
歩にはああ言ったけれど、本音は誰にも頼らず自分の元に帰ってきてほしい。複雑な思いで見つめた玄関扉は、結局朝になっても開くことはなかった。
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