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大学の近くには小さな公園があって、そこはいつも子供が遊んでいる。今日も例にもれず……というより、夏休みだからか普段より人が多い。その中に場違いな姿の人物を見つけ、自然と歩くスピードが速まった。
俺に気づいたそいつが顔を上げる。その口が何かを言って、けれど聞こえなくてもっと速く歩く。
もっと、もっと。じゃないと不安で潰れそうだ。
「こら。小さい子いっぱいおんねんから、走ったら危ないやろ」
傍まで来て、やっと幸の声が聞こえた。小さな声で「うるさい」と返すと、ため息をついた幸が鞄から何かを取り出す。それは近くのコンビニの袋で、その中には水が入っていた。
「夏は水分補給をしっかりしなあかんで。倒れてまう」
「水かよ」
「アホか。日本の水の美味さなめんな」
「お前、外国の水飲んだことあんの?」
訊ねると幸が首を振る。
「残念ながら俺は日本から出たら死んでまう体質やねん」
「そんな体質聞いたことないんだけど」
「国家機密や。言ったら狙われるから秘密な」
幸の返事に吹き出し、笑いながら誰にだよって言い返す。すると幸は答えずに俺の手から水の入ったペットボトルを奪った。
くれたくせに取り上げるなんて、何事かと首を傾げると、閉まっていたキャップが幸の手によって開けられる。
「はい、どうぞ」
飲めと差し出されたそれ。口をつけると思った以上に喉が渇いていたのか、一気に半分が消えた。でも足りなくてまだ飲もうとした俺を、幸が止める。
「一気飲みはあかんで」
俺から取り上げたペットボトルを幸は鞄に入れ、座っていたベンチから立ち上がった。その時、幸にしては珍しく汗の匂いがして訊ねる。
「幸、お前いつから待ってた?」
電話を切ってからすぐに駅へ向かった俺は、その途中で幸に今から大学へ行くと連絡した。わかったとだけの返事が返ってきたのが1時間前で、公園で待ってるときたのが10分ほど前だ。
「んー……ウサマルが来るって聞いてからコンビニ寄って、それからやから50分ぐらいちゃうかな」
「そんなに?!なんで大学にいなかったんだよ!」
こんな炎天下の中待つなんて、俺には考えられない。こっちが大学に行くって言ったんだから、おとなしく涼しい所で待っていればいいのに。
わざわざ公園なんて指定しなくても、俺はそっちに行ったのに。
「なんで、こんな所で」
繰り返した俺に幸が笑う。垂れ目がより垂れて、その上にある眉も垂れて、ちょっと困ったような顔だった。
「だって大学やったら歩に会うかもやし?もしそうなったら嫌がるかなと思って」
「それって俺の為?」
「ちゃうちゃう。歩が機嫌悪くなったら、もうレポート手伝ってもらわれへんくて困るからや」
俺の横を通り過ぎた幸が、近くに停めてあった自転車に近寄った。聞けばそれは大学のやつに借りたもので、これを借りる代わりに女の子を紹介する約束をしたらしい。
スタンドを上げた幸が俺を振り返る。ポンポン、と荷台を手で叩くのは、ここに座れっていう合図なんだろう。
ここまで来てまだ躊躇う俺を幸は見て、でも何も言わずに笑う。きっと断っても幸は怒らないし、なんで来たんだなんて言わない。俺の好きにしていいんだって、雰囲気で伝えてくる幸に手が伸びそうになって、でもやめてを繰り返した。
それを何回したかわからない。
せっかく水を飲んで潤ったはずの喉がまた渇いて、けれど幸はもっと暑いんじゃないかと心配になった。
1歩踏み出して止まって、幸を見る。幸は相変わらず笑っていて、俺をじっと見ていた。
「なあウサマル」
ようやく俺を呼んだ幸が自転車を支える手とは反対のそれで髪をかき上げる。見えた額には汗の粒が滲んでいて、せっかく上げたスタンドをまた下ろした幸が向かってくる。
徐々に縮まる距離は、他人の体温を感じて苦しいはずなのに嫌じゃなかった。
「おいでって言ったやん。1人なんやったら、俺んとこおいでって。ウサマルは1人なん?」
幸の問いかけに頷いて、でも違うかもと首を振って、わからなくて傾げる。すると幸は強引に俺の腕を引っ張った。
「幸?!」
「とりあえず確保。こんな所にずっとおったら、頭くらくらしてまう」
有無を言わさず乗せられた荷台は座り心地が最悪だ。硬くて痛いし、不安定だし暑い。でも目の前で赤い髪がゆらゆら揺れるのを見ると、それも悪くない気がした。
青い空に幸の赤い髪は、すごく綺麗だ。
すごく、すごく綺麗だ。
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