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4.ウサギの日常
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「じゃあ来週は今日まで範囲で小テストをするから、各自しっかり復習してお──」
最後まで言葉を言い終わる間もなく、誰かが席を立つ音が聞こえる。それに倣うかのように音は続き、1人、また1人と教室から出て行く。
そんなに急いで帰らなくても良いのに……と思ってしまうのは、俺にはこれから雑務という名の仕事が残っているからだ。
俺が学生の頃は、教室を出る時には挨拶を交わしていたと思う。それは生徒間だけじゃなく、担任に対してもで、友達とは絶対に呼べないけれど確かに関係性はあった。
自分でも認めるほどの人見知りで人嫌いだけれど、そんな俺だって、掛けられた声に返す挨拶ぐらいはした。
それが今はどうだろう。
自分が教える側になって初めて気付く、なんとも言えないこの距離感。たかが新人の塾講師としてしか見られていないと思うのは、俺が卑屈になっているからかもしれない。
これがもしリカちゃんだったら、みんなは気さくに話しかけてくれるのだろうか。軽い気持ちで声をかけて、プライベートの質問とかされたりするのだろうか。
「別に仲良くなりたいわけじゃない……けど」
個人的なことを聞かれたって何でも答えるわけはないし、際どい質問を上手く躱す術なんて知らない。だから何も聞かれないままでいいはずなのに、らしくもなく考えてしまう。
自分と他を比べて、駄目な部分を粗探しして。そして自分の首を絞めて、苦しくなる。
「あー……やめた!さっさと終わらせて、1秒でも早く帰ってやる!」
暗くなっちゃ駄目だと首を振り、誰もいなくなった部屋を出た。事務室に戻り自分の席につけば、時計の針はもう既に21時近くを指している。
「続きはコンビニ行ってからでいいや。腹減って頭働かないし」
誰がどう聞いたって独り言としか思えない呟き。それなのに、全く頼んでもいないのに反応したやつが1人。
「もしかして、兎丸これからコンビニ行く感じ?それならさ、コーヒーと適当にパン買ってきて」
声と共に投げられたものを受け取ると、それは500円玉の硬貨だった。
行儀悪く投げつけてきた犯人は、少し離れた所に座っている同期のやつだ。
妙に馴れ馴れしくて、妙に距離感が近くて、そして人の懐に入るのが上手いやつ。まるで、大学の時に仲良くなった赤髪のホストみたいな男。
魚住……魚住…………駄目だ。下の名前は忘れた。
「なんで俺がお前のパシリしなきゃ駄目なんだよ、魚住」
「えー。俺たち仲良し残業仲間だろ?ちなみにパンは、甘いのと甘くないの1つずつね。あんぱんは却下で!」
「誰が仲良しだ、誰が!ってか、人の話を聞けよ!」
「入った時期も一緒、授業の担当時間も一緒、年も一緒!ここまでくれば、俺と兎丸は運命的な出会いをしたようなもんでしょ。そうだ。運命的な出会いと言えば、なんだか無性にメロンパンが食いたくなった!甘いのはメロンパンでよろしくー」
担当時間が一緒なのは俺とお前が担当する科目、学年が違うからであって、年齢が一緒なのは同じく新卒だからで、入った時期が同じなのは、2人とも卒業した春にこの塾で働き始めたからだ。
そんなものは別に運命でもなんでもない。
全てただの偶然だというのに、魚住はにっこりと笑って手を振る。
コーヒーは微糖で!って、遠慮のなさ過ぎる注文まで追加しながら。
「コンビニになんか行かず、このまま帰ってやろうかな」
悔しさからそう言うと、魚住はにこにこ笑顔を全く崩さずに口を開いた。
「別にいいんじゃない?今日の授業報告すら出さずに帰れば、明日の塾長からの小言は全部、兎丸宛になるだけだし。俺は助かるけどね」
「魚住の性格が悪すぎて腹立つんだけど。軽く引くわ」
「俺、これでも生徒には明るく楽しく、優しい先生って言われてるんだけどな。誰かさんと違って、普段いつも笑ってるから」
その誰かさんとは間違いなく俺のことだ。
確かに俺は愛想が良い方じゃないし、常に機嫌が悪そうだって言われるけれど。でも実際は、周りとどう接して良いかわからないだけで、怒っているわけじゃない。
そんな簡単に人見知りが直るなら、苦労なんてするもんか。
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