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静かな廊下に1人きり。もうどのクラスも終わってしまったらしく俺が最後。
来るなって気持ちと本当に来るのかって不安が募り、もし来たら何を話せばいいんだって考えてばかりだ。
ギュッと握った手のひらが痛い。
廊下を革靴が蹴る音。衣擦れの音。
「…悪い、遅くなった」
「父さん」
土壇場になって、どうせまた来ないんだろうと思ってた父さんが目の前にいる。
「別に。まだ前のヤツ終わってねぇし」
「そうか」
呼ばれるまでどこかへ行くかと思った父さんが俺の隣に立った。
「進路は決めたか?」
いきなり話しかけられて大げさに跳ねた俺の身体。それに気付いた父さんがまた謝る。
違和感は大きくなるばかりだ。
前までは俺を見ることすらなかった父さんが自分から話しかけてくるなんて…どういうことだろう。
黙ったままの俺に父さんはため息をつくでもなく淡々と続ける。
「やりたい事はあるのか?」
「別に」
「そうか」
一体この時間はなんだ?いきなりどうした?
疑問ばっかりが浮かぶ頭に蘇ってくるのは恒兄ちゃんと話した日のこと。
変わらずにはいられない何かが恒兄ちゃんに、そして父さんに起きた。けどそれが何なのかは教えてもらえなくて、でも会った父さんは前とは少し違ってて。
「なんかあった?」
ストレート過ぎる俺の問いかけに父さんは口元に手を当て気まずそうに顔をそらす。
「別に」
「俺のマネしてんじゃねぇよ。前までと違うじゃん」
「そんなことはない…こともないけど、いやない」
「それどっちだよ」
相変わらず何が言いたいかわかんない父さんだけど、今までみたいな刺々しさは無くて。
どっちかというと俺に気を遣ってるようにも見えた。
静かな廊下に俺たちの声はすぐに消える。
訪れた無言がなぜか今は息苦しくはない。
隣に立つ父さんを見た。
決して高くはない身長。スッと伸びた背筋はさすがだけど、どこか小さくも見える。
整えられた黒髪に混じる白髪とかよく見たら皺のある手とか。
俺が見てなかっただけで確かに時間は過ぎていってた。
『お前が20歳になった時、親父さんは何歳だ?』
あの日リカちゃんが言った言葉。
もし本当に父さんが俺の為に必死で働いて、自分の時間を削ってきたとしたら。
それを俺は『家族なんてどうでもいいヤツで仕事にしか興味ない』って勘違いしていたとしたら。
父さんってすごく淋しい人なのかもしれない。
でもそれを言葉に出さないのは父さんのプライドなのか、優しさなのか…わかんないけど。
俺の知らない父さんを知りたい。
「慧」
父さんが俺を見る。その目尻にも数本の皺があった。
「別に焦る必要はないから。卒業までまだ1年以上ある。それに卒業してからだって探せる」
「さすがにそれは…」
父さんの目尻の皺が深くなった。
久しぶりに…久しぶり過ぎてもう覚えてないぐらいだ。
「だからお前の好きに……じゃなくてだな。お前のしたいことをしなさい」
少しだけ緩んだ笑い顔。不器用な父さんの不器用な笑い顔。
ずっと言われ続け、ずっと嫌悪しかなかった言葉が少し変わるだけでこんなに嬉しいなんて驚いた。
「……うん」
ありがとうとか、ごめんとか。
言わなきゃいけないことはあるけれど。
聞きたいこともたくさん…あるけれど。
それはもう少し待っててもらおう。俺には今しなきゃいけないことがある。
「では次、兎丸さん」
呼ばれた名前に俺は1歩を踏み出す。俺に続いて父さんが教室の中に入ってきた。
「久しぶり。先日はどうも」
父さんがリカちゃんに向けて軽く頭を下げた。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
それに対してリカちゃんは深く頭を下げた。
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