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2人と別れ、俺は1人でその扉の前に立つ。
目の前の扉に手をかけ、深呼吸をして一気に開ける。
やっぱり何もない部屋。寂しい部屋の中で寝転んでいたソイツがゆっくり起き上がる。
「答えわかったんだ?」
「会いたくなったら来いって言ったのはお前だろ」
「それじゃ70点かな。俺にって言った事の答えにはなってないな」
片膝を立てて座ったリカちゃんが俺にも座れって視線で言う。
離れたところに座るかそれとも隣に座るか悩んで、少しだけ…手を伸ばせば触れる距離をあけて座った。
「先に答え合わせ。もしお前がここ以外の場所で俺と話そうとしたら断ってた。学校でなら先生として、家でなら常識ある大人として上げてなかっただろうな」
「…だと思った」
「だから俺に会いたくなったらって言ってやっただろ。先生でも理屈ばっかの大人でもなくて、俺にって」
そんなの言われなきゃわかんねぇよ…リカちゃんはいつも肝心なことを言わない。俺が気づくまで教えてくれない。
「ここにいれば何も考えなくて済むはずだったのにな。考えたくなくても浮かんでくるものは仕方ない」
そう言ったリカちゃんは少し乱れていたネクタイを直した。
部屋の中には前はなかったはずの机が置かれていて、その上にリカちゃんがいつも使っているパソコンがあった。
「ここで仕事する気だったのか?」
「ずっとじゃねぇよ。お前が来るかここで待って、しばらくして来なかったら戻るつもりだった。
まさかこんなに早く来ると思ってなかったけどな」
俺だってこんなに早く話せると思ってなかった。みんながいなかったら今も悩んでリカちゃんに怒ってたと思う。
だって、まだ何が変わったか聞かれても答えられない。けど俺はきっと何日経っても答えられないと思う。
きっと明日も明後日も、1週間後も同じように悩んでしまう。
「週末、どうだった?」
「え?」
「実家帰ったんだろ。帰ってきたときに目合ったもんな」
俺を見る目は前みたいに冷たい色はしてない。
見た目だけはいつものリカちゃんで、でも絶対に俺に触れようとしない。
今までなら手を繋いだりとか、もっと近くに来いって言うのにそれすらない。当たり前だったものが今は無い。
「……父さんに聞いた。リカちゃんが毎日来てたって」
「そりゃ言うだろうな」
土下座のことは言わない方がいいかもしれないと思った。自分からは何も聞いてこないリカちゃんに俺はそれ以上言わないことにした。
「全部聞いた通りだよ。毎日通ったし頭も下げた。聞かれたことには正直に答えて何一つ嘘はついてない」
「そう」
「お前に言わなかったのは悪かったと思ってる。でもそうするしかなかった。まだお前に話すのは早いと思ったからな」
「それはどれのことだよ」
リカちゃんが俺に秘密にしてたことは多すぎて、それがどのことを指しているのかがわからない。
「挨拶に行ったことを内緒にしてたのは俺なりのけじめだから。お前の母親のことを内緒にしてたのは……彼女が入院してたからってそれは前にも言ったか」
「なんで入院してたかは知らない」
「過労と精神的ストレス。あの人さ、自分の生徒に嫌がらせされてたんだって」
「嫌がらせ?」
「わかりやすく言うとイジメ…かな」
どうでもいい女なのに胸の奥がチクッと痛む。
「きっとお前が彼女を拒絶するのはわかってた。それは俺も仕方ないと思う…ただ、精神的に辛い人に追い打ちをかけるほど俺は鬼じゃない。ましてやお前を産んでくれた人だしな」
「好きでも嫌いでもないけど感謝してる人って母さんのことか…」
「やっとわかった?俺の慧を産んでくれたんだから感謝はするだろ」
久しぶりに聞く『俺の慧』に泣きそうになる。
言うつもりなかったのかリカちゃんが口元を押さえた。
黙って窓の外を見るリカちゃんを俺は見つめる。冷たい風が入ってきて震える俺に気づいたリカちゃんが動いた。
「寒くなってきたんだし風邪ひくなよ」
そう言って渡されたスーツのジャケット。さっきまで自分が着ていたそれを受け取るか悩む俺に、リカちゃんは立ち上がって肩にかけてくれた。
「お前の方が風邪ひくだろ。もう歳なんだし」
「まだ20代だから大丈夫だって…結構気にしてんだからオッサン扱いはやめろ」
いつもの2人の会話なのに。なんにも変わってないように見えて全然違う。
「寒いくせに格好つけてバカじゃねぇの」
「お前が風邪ひくぐらいならバカでいいよ」
俺を包むジャケットにはまだリカちゃんの体温が残っていて暖かい。
嗅ぎ慣れた匂いは甘くて落ち着く。それなのに苦しい。
「リカちゃん、マジで大丈夫なのか?」
「俺を誰だと思ってんの?これぐらいでどうにかなるほど弱くない」
「……もう勝手に言ってろ」
余裕そうに笑うリカちゃんだけどそれは嘘だ。だって、さっき首に当たったリカちゃんの手がすげぇ冷たかったから。
しばらくじゃなくて、ずっと俺をここで待ってたんだろう。来るかもわからない俺を1人でずっと。
やっぱり苦しい。
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