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「慧?」
笑ってしまった俺にその女は窺うような視線を向ける。それを俺は無視した。
「リカちゃんと何話して何聞いた?」
「慧の話や学校のこと……あとは星一の話」
「星兄ちゃんの話をリカちゃんに聞いたんだ?最低だな」
仕事して父さんに会って、この人の見舞いにも来ていたリカちゃん。そんな中で星兄ちゃんの話をさせられるなんて疲れるに決まってる。
あの事故で誰よりも苦しんだ人にその話をさせるなんて最低だ。
「リカちゃんは答えてくれただろ?アンタの聞いたこと全部に」
リカちゃんは俺に関しては嘘をつかない。だから父さんにもこの女にも嘘なんて言わない。
その証拠に目の前で座っている女は答え辛そうにした。
気まずそうな顔をするのは責めるようなことを言ったからに違いない。
それを言われた方はどんな気持ちで聞いたのか…それはきっとリカちゃん本人にしかわからない。
「アンタさ、なんて言った?リカちゃんになんて言ったんだよ!」
「私はただっ…」
「お前アイツがどれだけ苦しんだと思ってるんだ!倒れた時に助けてもらったんだろ?!」
こんな女とリカちゃんがって疑った自分が悔しくて、けれどこんな女にまで頭を下げたリカちゃんを思うとそれ以上何も言えない。
俺がここでこの人を責めて泣かせて、苦しめるのは簡単で、でもそれをしてしまったらリカちゃんの今までが無駄になる。
俺にはまだ自分を抑えて相手の気持ちを尊重するなんて出来ない。
黙り込むその横顔を見たくなくて顔を背けた。
リカちゃんとこの人のことは俺が口出すことじゃない。リカちゃんがそれでいいって言うなら気にしない。気になるけど気にしない。
必死に我慢する俺に小さな声で聞いてくる。
「どうして獅子原君なの?」
「何が」
「どうして彼じゃないと駄目なの?」
「アンタには関係ないだろ」
俺を捨てたんだから。俺が誰とどんな付き合いをしてても、もうこの人に何か言う権利なんてない。
何も話さない俺に、その女は何も言ってこない。静かに時間だけがどんどん過ぎていく。
いつもは短く感じる時間がこの人といると永遠のように長い。これならまだずっと勉強してる方がマシだと思った。
帰ろうかと後ずさった俺の耳に小さな声が入ってきた。
「私なんていなくても何も変わらない…寧ろいない方がいいのかもしれない」
「いきなりなんだよ。そんなの誰も聞いてない」
「…何度も死にたいって、最近じゃずっとそればかり考えてきた」
そう言って写真を横に置いた女が窓の外を見た。
「私なんていなくても誰も困らない」
今日の俺はすげぇ。だってわかっちゃったんだもん。
なんでリカちゃんがあんなに俺とこの人を会わせたがっていたのか。
俺にこの人を引き留めさせたかったんだろ?
きっとそれは父さんでも恒兄ちゃんでもなく、俺にしか出来ないと思って、だから会えって言ったんだろ?
もしこの理由をリカちゃんから直接言われてたら、俺は「あんな女なんか死んでもなんとも思わない」って答えてたと思う。その言葉がリカちゃんを傷つけて、俺自身も後悔させるとは知らずに言ってたと思う。
きっとリカちゃんは、こんな人でも俺がまた家族を無くさないようにしてくれたんだろう。
俺の気持ちがいつかどこかで変わって、この人を許す時が来た時の為に。どんな小さな可能性でも俺の選択肢を狭めないようにしたかったのかもしれない。
リカちゃんはどんな結果になったとしてもいいように俺の帰る場所を残す。父さんがそれを教えてくれた。
全部俺が勝手に思ったことだけど、多分当たってる気がする。それがわかって泣きそうになった。
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