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俺には子供はいないし、これから先できることもない。だから子供が自分にとってどれほど大切な存在なのかは想像でしかわからない。
それでも、どんな理由があったとしても置いて行ったことは到底理解できなかった。というよりも理解するつもりなんてない。
「私が出て行った理由も戻ってきた理由も全部自分勝手で最低なのに。それなのに、また今度って言ってもらえた」
よほど嬉しかったのか、ぽろぽろと零れる涙を気にせず彼女は泣き続ける。
俺がまともなら感動の親子の再会だと思えるんだろう。
勝手な母親を許した良い子供。過去を後悔して前を向こうとしている母親だって思えるんだろうけど…
悪いけど俺はそこまで善良な人間じゃない。優先したいモノの為なら誰を傷つけても構わない人間だ。
彼女が鼻を啜る音、涙を拭う時に揺れるシーツの音ですら耳障りだと思ってしまう。
「いい加減その弱くて可哀想な自分に酔うのはやめてもらえますか?俺はあなたがどれだけ泣こうと平気なんで」
「…え?」
「慧にとっては母親でも俺にとっては他人ですからね。正直に言って自業自得だと思うし、よく戻って来れたなって呆れる」
目を見開いた彼女の涙が止まる。
それもそのばずで、この人にとって俺は味方だったはずなんだ。毎日通って話を聞いて、1番会いたかった息子にも会わせてやった。願いを叶えてやった。
その理由を『自分たちの為』だと勘違いしていたなら甘い。
上半身を起こして座っていた彼女の隣に手をつく。
星一にも、慧にも少しだけ似てる彼女が俺を見た。
「どうして俺があなたと慧を会わせたと思いますか?」
「それは…私が頼んだから……」
「あんた本当に教師?もう何十年も教師やってて人の裏とか見極めらんねぇの?そんなんだから生徒になめられるんだよ」
態度が変わった俺を見て彼女は訝しげな表情を浮かべる。
「もし慧があなたを本心で許したなら俺は何も言わないつもりだった。でも話を聞く限りあなたは自分に酔ってるだけだろうし、それなら遠慮なく言える」
彼女から真っすぐに向けられる視線に負けないよう俺も見つめ返す。先にそらしたのは彼女だった。
「もううちの子の前で泣くな。泣いて謝って、いつか許してもらおうなんて姑息な事考えんな」
「───っ…私はそんなこと考えてない!」
「無意識に考えてますよ。
その証拠にあなたはさっきから自分の話ばっかりだ。こうやって言ってもらえた、こうすれば良かった…また今度って言った時の慧の様子ちゃんと覚えてんのかよ」
再び彼女が俺を見て数秒、ゆっくりと首を振った。俺に言い返すでも泣くでも無く、真っ直ぐに俺を見る。
その変わり身の早さが女特有だと思った。
「変わった人。ここで一言おめでとうって言ってくれれば全て丸く収まってしまうのに…私があなたに暴言吐かれたって告げ口したらどうするの?」
そう言って首を傾げた女に俺は笑って返す。
「俺は負ける勝負はしないんで。それとも俺に勝つ自信がありますか?」
黙り込んだのを肯定とみなした俺はベッドから離れた。
少し離れた所から見る彼女は、悲しいのとも寂しいのとも違う悔しそうな表情を浮かべている。
「そんなに悔しかったら今から必死になればいい。慧が許したくなるような強い母親になればいいだけだろ」
楽しみにしてますよ、そう付け加えれば彼女は眉を顰めて俺を睨む。
倒れた時は生きることに絶望していて、そして今はまた1つ目標が出来た彼女。息子に許してもらう為に必死になって、折れそうになったらバカにした俺を思い出せばいい。
「じゃあさようなら。また今度」
俺は彼女にとって嬉しくない今度を置いて部屋を去った。
恒二に軽く挨拶してすぐに家を出る。車に乗り込んでやっと1人になれた俺は、大きなため息と共にシートに身体を沈めた。
今回も上手くやれた。
次は何をしたら、また選んでもらえるんだろう。
あと何をすれば、お前の傍に置いてもらえるんだろう。
もう『さよなら』を聞かない為に今度はどうしたらいいんだろうか。
まだまだ先は長くて落ちそうになる気持ちを奮わせる為にタバコに手を伸ばす。けれど指が触れたのはお前がくれたシルバーじゃなく紙の箱で、吸おうとしたのを後悔した。
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