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「お前歯並びいいよなぁ…」
だなんて褒め言葉が背後からかけられる。口を開けて突っ立ってるだけの俺の歯を、後ろから回した手でリカちゃんが丁寧に磨いてくれる。
マジで俺は何もしていない。ただ口を開けて立ってるだけだ。
「ちょっと上向いて」
前歯を磨き終えたリカちゃんが今度は奥歯へと取り掛かった。外からも内からも磨き、1本ずつ仕上げて水の入ったコップをくれる。
それで口の中の泡を流せばツルツルの歯がキラリと光った。
洗面所から出てリビングを素通りし寝室へ。先にベッドに入ったリカちゃんが掛け布団を捲って、自分の隣へと手招きする。そこに潜り込めば妙に暖かい。
「湯冷めするといけないから暖めといた」
得意げに笑った後に部屋の電気が消される。薄暗い中で至近距離にある顔が近づいて来て唇に軽く触れた。
重なるだけで離れていったそれからは俺と同じ歯磨き粉の匂いがした。
「おやすみ慧君」
向かい合ったまま瞼を閉じたリカちゃん。少しだけあいていた距離を俺は自分から詰める。
リカちゃんの体温でさらに暖かくなったのを感じ、ぴったりと身体を摺り寄せた。
リカちゃんの服の胸元を握ると、身体を丸めた俺の背中に手が添えられた。
ぽんぽんとリズムを刻んで触れては離れるそれは…寝かしつけてるつもりなのかもしれない。
リカちゃんはどこまでも俺を甘やかそうとする。
「リカちゃんさぁ…。一体何がしたいんだよ」
「何がって別に何もないけど。え、あんだけシたのにまだ足りない?」
「違う!!こうやって俺のことすげぇ甘やかす理由だよ!なんか裏があんだろ?!」
意地悪なリカちゃんが俺を無条件に甘やかすわけない。絶対に何か良くないことがあるはずなんだ。たとえば年明けは新年会で飲み会続きだとか……新年会…ってことは!
「お前もしかして忘年会で何かやらかしたな?!」
新年会があるなら忘年会があったはず。酒に弱いリカちゃんが平気だったなんてありえない。
胸元を掴んでいた俺の手が、詰め寄る形で襟元へと移動する。ハァ、とため息をついたリカちゃんがそれを解いた。
「誰だよ…俺にしばらく禁酒だって言ったのは」
「飲んだんだろ?飲んで何かやらかしたに決まってる!」
「飲んでねぇよ。1人ウーロン茶で過ごしたって」
暗い部屋でもわかるリカちゃんの呆れた目。それをするってことは本当なんだろう…じゃあ、なんでこんなに甘いのか。その理由がわからない。
「別に甘やかしてるつもり無いんだけどな。さすがに無理させた自覚があるから、ちょっと手伝ってやっただけ」
「ちょっと?これでちょっとなのか?」
他人のシャンプーにブローに歯磨きに、そしてこの気遣い。これで『ちょっと』だなんてリカちゃんの度合いはおかしい。驚く俺にリカちゃんは「駄目なのか?」と聞いてくる。
ダメなんじゃない、ダメじゃないけど困る……だってこんなのされたら、
「俺リカちゃんから離れられなくなるだろ。もう普通の生活出来なくなる」
リカちゃんの愛し方に慣れてしまったら、もう他のじゃ満足できない。リカちゃんが当たり前になって、どんなことでもハードルが上がってしまう。
そう思うぐらいリカちゃんは特別だ。みんなが口を揃えて「普通じゃない」って言うぐらいだから。
リカちゃんはやっぱり普通じゃない。だからそれに慣れたくない自分もいる。
ずっと一緒にいたいし手放す気なんてないけど…それでも慣れたくない。もしもの時を考えてしまう俺の頬をリカちゃんが抓んだ。
「誰が離すか。これが俺とお前の普通なんだからいいんだよ」
「でも…、」
「お前は黙って俺に愛されてればいいの。離れられたら俺が困る」
「リカちゃんは何でも出来んじゃん。俺は1人じゃ出来ないことばっかりだ」
まともにココアも淹れられない俺と違ってリカちゃんは何でも出来る。離されて困るのはどう考えても俺の方なのに、リカちゃんは頬を抓んだまま否定した。
「お前がいないと俺が眠れないの知ってるだろ?またあんな生活させる気?」
部屋の片隅に固めて置かれているウサギのぬいぐるみ。気休めにって買い始めたそれですら足りなくて、ずっと眠れなかったリカちゃんが続ける。
「お前の代わりはどこにもいないし誰もなれない。俺が傍にいてほしいのは慧だけだって何度も言ってるだろうが」
「それはわかってるけど……」
「わかってねぇよ。俺ほどお前を必要としてるやつはいないからな。わからないなら実力行使に出るから覚悟しとけよ」
抓るのをやめた手が首に伸びる。開いた手のひらを俺の首に当てたリカちゃんが目をそらさず告げる。真剣な顔で、冗談抜きの言葉で。
「あんまり言うこと聞かないと、冬休みが終わっても家から出さない。勉強なら俺がみてやる」
あまりの迫力に背中がひんやりした。暖かいはずのベッドの中で鳥肌がたつ。
「俺は嘘はつかない。やると言ったらやる……この意味わかるか?」
頷けば抱きしめられて「いい子」と囁かれた。そのまま何事もなかったかのようにリカちゃんは眠りについてしまう。
ちょっと怖いような、でも嬉しいような……やっぱり嬉しい気持ちでリカちゃんの寝顔を見る。
リカちゃんの体温と匂いに包まれ、すぐに俺も夢の中へ落ちていった。
翌朝起きるとリカちゃんの首には、俺が噛んだ痛々しい痕と下手くそなキスマークが散っていた。予想以上に悲惨な痕を鏡で見たリカちゃんがニヤッと笑う。
俺はそれを隠れて眺めていた。たまたま、偶然見て聞こえてしまった。
「やっばぁ…慧君が付けてくれた痕すら愛おしい。これ待ち受けにしようかな……」
リカちゃんは綺麗で何でも出来て意地悪で甘くて優しい。
でも、やっぱり…やっぱりやっぱり、どう考えてもやっぱり…変だ。
そんなリカちゃんとの新しい1年がスタートする。
2人きりで迎える新たな年は少しの不安と大きな幸せで始まった。
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