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嫌なことから逃げる癖は、そう簡単には治らない。
チャンスをまた潰した俺は、幸の家へと戻ってきた。真っ暗な画面のスマホを眺めては伏せ、ちょっとしてまた手に取る俺に幸が話しかけてくる。
「なあウサマル。気になるんやったら電話でもしたら?そんな見つめとったら、画面に穴開いてまうで」
「今ここで電話なんてしてみろ。あいつ絶対に迎えに来る……今日はもう会うのマジ無理」
「それがわかってんのに変な小細工する必要ないやろ。ウサマル言ってることと、やってること違いすぎ」
説教のようなことを言ってくる幸を無視し、シャワーを借りて寝る支度をする。幸にベッドを譲ってもらったけれど、なかなか寝付けなくて何度も寝返りをうった。
まだ急げば電車も間に合うし、タクシーっていう手段もある。きっと起きてるだろうリカちゃんに謝って、迎えに来てもらうことだって出来る。それなのに俺の身体は動かない。
なんとか無理に眠った俺は、清々しいとは正反対の朝を迎えた。目が覚めて1番に見るのは、いつもリカちゃんのドアップか呆れた顔か笑顔だったのに、今日は見慣れない天井だ。
朝食だってコンビニで買ってきたパンだし、苦手なサラダも用意されていない。野菜も食べろって怒られない自由な食事のはずなのに、全然食べる気がしなくて手を止めてしまった。
「ウサマル。そんな嫌そうに食べたら、作った人に失礼やろ」
ちっとも食べない俺の手元を見て幸が苦い顔をする。朝から小言を聞きたくなかった俺は、無理にパンを口の中に詰め込んで大学に向かう準備をした。
講義が始まるのが昼からの今日は、いつもより楽なスケジュールだ。
リカちゃんも職員会議だから帰ってくるのは遅めの上に、明日は朝から仕事で居ないし、不幸中の幸いってこういう事だと思う。
使い慣れない言葉が自然と浮かんだ俺は、大学に入ってまた少し頭良くなったな…なんて冗談を言っている場合ではなく。
昨日のピンチを強引に振り切ったかと思ったら、また新しいそれがやって来る。
「おいバカウサギ。てめぇ昨日どこいやがった?返答次第によっては殴る」
昼食を大学の学食で済ませようと、幸と向かったそこ。
静かに食えそうな席を探し腰を下ろすと、俺の後ろ髪が強引に引っ張られた。痛む地肌を押さえ、振り返った先にいたのは本気で怒っている歩だった。
「歩、頭すっげぇ痛いんだけど……っ、放せ!」
「んなもんどうでもいいから俺の質問に答えろ」
「いいから放せって!だいたい、俺が何してたかなんて、歩に関係ないだろ?!」
俺がどこで誰と何してようと歩に迷惑はかけない。いきなり髪を掴まれ、喧嘩口調で詰め寄られて気が立った俺は、聞かれたことに素直に答える気にはなれはかった。
けれど、俺が怒ろうと機嫌が悪くなろうと歩が気にするわけはなく髪を掴む手はそのままだ。
「お前のせいで誰かさんが怒ってんだけど。なあ、それの矛先が向くのって誰かわかる?バイト終わりに連れ去られて、あの横暴なやつの相手する俺の気持ちわかる?笑いながら「同じ大学行かせてやったのに使えない」って言われる俺の気持ちがお前にわかるか?!」
「歩、とりあえず落ち着けって」
隅っことはいえ、人がいる食堂で怒鳴った歩をなんとか鎮めようと必死に宥めた。それなのに歩は険しい顔で続ける。
「うざい酔っ払いに絡まれながらバイトして、やっと帰れると思ったら拉致されたんだよ。お前が捕まらないからって俺をな!お前が聞くべき文句を俺が朝まで代わりに聞いてやったんだけど!」
バイト終わりにリカちゃんに捕まったらしい歩は、その後色々あったようで。それを思い出しては鬼のような顔をし、俺を睨む。
普段は口数の少ない歩が流暢に喋っていることに、向かいに座っていた幸も少し驚いていた。
歩が言った『俺が帰らないから怒った誰かさん』は、幸なら言わなくても『彼女の』リカちゃんだと気づく。
けれど、どうして『俺の彼女』が歩を拉致したのか訊ねられると答えられない。
さすがに実は歩のお姉さんなんだは通用しないだろう。
実際に、2人の関係を知らない幸は顔に「どういうこと?」と書いているかのように不思議そうだ。
この数日でどれほど嘘をつけばいいのか……何が本当で何が嘘かわからなくなりそうな中、笑ってごまかそうとする俺とは対照的に、何も考えていないらしい歩が口を開く。
「っつーかさ、あいつ昨日そっち行ったんじゃないのかよ。なんで1人で帰って来てたんだ?」
歩の言う『あいつ』は常に同一人物のこと。俺にはわかっても、幸の疑問はさらに深くなる。
結局、幸には歩とリカちゃんはちょっとした知り合いだと嘘をつき、歩には今度何か奢るからと謝った。俺がまた幸に嘘をついたことで、歩は白けた顔をしていたけれど……それは見ていないふりをする。
幸が歩に『牛島理佳』の話をする度、俺は気が気じゃなく、歩の返答を怯えながら窺う。
そのどれもが褒める内容ばかりだったんだけど、それでも歩が余計なことを言わないか気にしつつ、なんとか完食したのは昼休みが終わる5分前だった。
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