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リカちゃんはしばらくの間、俺に触ってくれない。
しばらくが、どれぐらいの期間を指すのか止まった頭じゃ考えられない。
「なんで?」
だから俺がリカちゃんに聞いたのは理由だった。
なんで、触らないのか。
なんで、しばらくって曖昧に言うのか。
訊ねた俺にリカちゃんは冷静な声で答えてくれる。
「だって怖いだろ?あんな風に無理矢理迫ってくるんだから」
「無理矢理じゃない」
「無理矢理だよ」
「無理矢理なんかじゃない!!」
怒鳴ってしまって口を押さえる。部屋が離れているとはいえ、遅い時間にこんな大声を出したら鹿賀に聞こえてしまうんじゃないかと焦った。
その予想通り、少しして遠慮がちに扉がノックされる。けど俺は何も答えることができずに、俯いただけだった。
「大丈夫。鹿賀は何も気にしなくていいから」
リカちゃんが鹿賀にかけた声は優しくて、俺に触らないって言ったものと同じとは思えない。なんで俺には冷たいことを言うのに、鹿賀には優しくするんだって気持ちが止まらない。
一気に溢れて、一気に積もって、一気に零れ落ちる。
「なんで鹿賀には優しくすんの?なんで俺のことは嫌がるのに、あいつはいいんだよ?!」
「別に慧君を嫌がってるわけじゃない。それに、鹿賀に優しくしろって先に言ったのは慧君だろ」
「俺はそんなこと言ってない」
「言ったよ。鹿賀に優しくしてやろうと思わないのかって」
それを言ったかは正直覚えてなくて、でも言っていたとしても俺は違う意味で言ってたはずだ。
俺にも優しくしてほしいし、鹿賀には冷たくするなって意味で言ったと思う。不器用な俺には難しくても、器用なリカちゃんならできると思って……そういう意味で言ったんだと思う。
どちらも大事にしろって、言いたかった。俺を優先しながら、鹿賀のことも考えてやれって、そう言いたかった。
「俺は…そんなことを求めてるんじゃない」
絞り出した声は情けないほど小さくて、何を伝えたいのかわからない。
「じゃあ何を求めてんの?慧君は俺にどうしてほしい?」
けれどリカちゃんは違う。リカちゃんは、その意味を知ろうとしてくれる。言葉にできない言葉を聞いてくれる。
「俺は今までと同じ感じで…そこに鹿賀も足してやれって言ってるんだよ」
「今まで通りの生活をしながら鹿賀の意見も尊重して、鹿賀の希望も聞いてやれって?」
リカちゃんの問いかけに頷く。すると返されたのは呆れ混じりのため息だ。
「慧君」
「……何?」
尖った声が出て、このまま喧嘩になるんじゃないかって、そう思った。またリカちゃんを怒らせて、俺も引っ込みがつかなくて言い合うんじゃないかと思いながらも、俺はリカちゃんを睨むしかできない。
「仕事したいから、邪魔するなら出て行って」
「なんで?」
「相手してほしいなら鹿賀に頼めばいい。まだ起きてるみたいだし、慧君は鹿賀には優しいから」
その一言にカッとなった。
声を荒げる俺とは正反対の、落ち着き払ったリカちゃんが許せなくて、悔しくて仕方なかった。
この苛立ちをぶつける先は少なくて、目の前にあった教科書を掴んでリカちゃんに投げつける。椅子に邪魔されたそれは目的の人物には当たらなくて、中途半端な音を立てて床に広がっただけだ。
「俺は!」
勢いよく立ち上がった膝が小さな折り畳みの机に当たって痛い。けど痛みよりも気持ちを優先した。
「俺が好きなのは、あいつじゃなくてリカちゃんだから…っ、だから──」
「慧」
好きだと言った俺を遮ったリカちゃんは、机に頬杖をつき、表情を一切変えずに続けた。
「聞こえなかった?仕事の邪魔するなら出て行って」
その声と、漂わせる空気があまりに冷たくて言葉を失う。もう興味がなくなったのか、またパソコンに向かったリカちゃんは俺を見ない。
勝手に鹿賀に嫉妬して暴走して、出て行ったと思ったら急に帰って来た。本当かどうかわからない言い訳をしたくせに、当てつけのように鹿賀に優しくするリカちゃんが気に入らない。
好きを向けられるのは嬉しいし、見せつけるような独占欲は心がくすぐったくなる。
リカちゃんが嫉妬してくれなきゃ不安にもなった。だから疑って試したりもした。
でも、それが相手から向けられるとどうしていいかわからない。
鹿賀が家を出て行くまで数日。それさえ乗り切れば、そのうちリカちゃんの意味のわからない嫉妬も、理不尽な不機嫌も収まると思っていた。
まさかそれが延長されるなんて思ってもみなかった。
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