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「あれ……ウサマルは?」
本日最後の授業を慧君と一緒に受け、大学に併設されているカフェで少し休憩することにした。そして提出しなきゃいけない課題があるから、と別れたはずの蜂屋幸が目の前に立って言ったのが、冒頭の台詞だ。
「忘れ物したらしくて取りに戻ってる」
「ほんまか……あいつまた俺のプリント間違って持ってるのに」
わざわざ戻って来たということは、そのプリントがないと蜂屋は困るのだろう。カフェの入り口を気にしながら突っ立っているその姿に、向かいの席を顎で指した。
「さっき出て行ったから時間かかると思うよ。とりあえず座れば?」
「えっ?!」
「別にお前と話したいわけじゃないから。慧君が戻ってきた時、俺たちが別々の席にいたら気にするだろ」
納得したのか目の前に蜂屋が腰を下ろした。ポケットからスマホを取り出しては、ちらちらとこちらを見て、でもすぐに目をそらす。
「何?」
「え、あー……えっと」
「何か言いたいことがあるのか、聞きたいことがあるのかはっきりしろよ。そうやって見られるの、本当は好きじゃない」
「そう、ですか……はあ。なんなん、この変わり様」
この変わり様とはいつの時とだろうか。あの忌々しい合コンの時か、それとも慧を連れ戻しに大学に乗りこんだ時か、はたまた高校まで慧を連れて来た時か。
少しだけ考えようとして、しただけで終わった。別にいつの時でも構わないし、どう思われても気にならない。
手持ち無沙汰に鞄を漁る蜂屋の手元から、紙屑が落ちた。それを視線で捉えると「ほっとくからいいい」と慌てて拾おうとする。その手が届くよりも早く摘まみ上げ、傍にあったゴミ箱へ放ると、正面に座る彼は僅かに驚いたようだ。
「何?捨てるんじゃないの?」
「そうやけど……ほっとくで伝わるん珍しいなと思って」
「関西弁なら少しはわかる」
「さいですか。って、ほんま態度違い過ぎやろ」
やはり目的などなかったのか、鞄をしまった蜂屋が俺を軽く睨む。
「前までの親切丁寧、イケメンな牛島理佳さんはどこ行ったんですかー?」
「そんなの元から存在しない。それだけ」
「そんなに俺のことが嫌いなん?」
「嫌いじゃなくて、興味がない」
コツコツと進む秒針。組んだ腕にある時計を眺め、あとどれぐらいすれば慧は戻って来るのか考えていた時だった。
「俺の話、ウサマルから聞いた?」
問いかける蜂屋はまるで答えがわかっているようで、肯定も否定もせずにその目を見つめる。
「その反応狡いわ。せやな、考えてる通りウサマルから先に言われた。幸の話リカちゃんに言っちゃって、悪かったって謝られた」
「それで?」
「それでって。なかなか壮絶な過去やろ?人生の先輩として、アドバイスとかないん?」
慧君から聞いた蜂屋の過去。それを語る慧君は顔いっぱいに『幸が可哀想だ』と浮かべていて、聞く限りでは同情してもおかしくないと思う。
普通なら、そう思うだろう──けど。
「アドバイス……になるかはわからないけど、お前も嘘つくの下手だな」
「嘘?あの話のどこが嘘やと思うん?」
「全部の責任は自分にあると思ってるところ。お前、本当は自分が悪いなんて欠片も思ってないだろ」
一瞬だけ固まった蜂屋が口元に微笑みを浮かべる。それはとても楽しそうに歪んでいて、否定する気がないことがわかった。自分の予測が当たった瞬間だった。
だから俺はこいつが嫌だ。考えていることが手に取るようにわかるから本当に嫌だ。
「なんでそう思うん?」
楽しそうに目を細めて、愉快そうに唇を吊り上げて。言葉にしない肯定を返してきた蜂屋は、挑戦的な態度で詰め寄って来る。
そしてその薄ら笑いを隠そうともせず、口を開いた。
「正解。さすが先生や」
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