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右を見ても左を見ても、あるのは他人の笑った顔ばかりで俺がほしい笑顔はここにはない。
あの蕩けるような瞳が見つからなくて、意地悪だけど甘い声も聞こえない。どうしてさっき迷ったんだろうって後悔してももう遅い。
でも遅いだけで間に合わないわけじゃない。俺はまだ何も言えてない。
探しても探してもリカちゃんが見つからなくて、また元のベンチまで戻って来た。寒くて突っ込んだポケットの中で手が何かに触れる。
すっかり存在を忘れていたスマホをポケットから出して、履歴を少し遡って見つけた相手に迷うことなく電話をかけた。
繋がらなくて続く電子音。何コール待っても繋がらなくて、それはやがて留守電に変わってしまう。
いつもなら留守電になんてメッセージを残さない。文章にして簡単に送ってしまうそれを、録音を促すその音に向かって俺は口を開いた。
自分の素直な言葉を、自分の声で紡いでいく。
言葉は多すぎても少なすぎても相手を傷つける。けれどそれと同じように相手を喜ばせることも出来る。
全部伝え方次第だ。
「…リカちゃん。俺、今1人なんだけど。1人にしないって、リカちゃんだけは何があっても傍にいるって言ったのに嘘つき」
何も答えてくれない相手に向かってなら素直になれる。
「俺を信じろって言ったのに嘘つき。願い事叶えてくれるって言ったのに嘘つき…リカちゃんの嘘つき」
短い録音時間じゃ伝えたいことの半分も言えない。どうしてもリカちゃんに伝えたいことがあるのに、俺の口から出るのはリカちゃんの文句ばっかりだった。
「こっちはすげぇ寒くて震えてんだよ!早く戻って来ないと今度から変態と性悪とドSに嘘つきまで追加してや―…っくそ!!」
言い切らないうちに時間が終わってしまう。
ただ、留守電に悪口をぶちまけただけに終わって、頭を抱えた。
「最悪だ…」
本当はもっと違うことが言いたかったのに俺が言ったのはバカとか変態…いつも言いまくってる悪口ばかりで、それを聞いたリカちゃんが何て思うか考えるだけで憂鬱になった。
こんなはずじゃなかった。リカちゃんに今日もありがとうって伝えて、戻って来てほしいってお願いしてるはずだったのに…。でもって戻って来てくれたリカちゃんにちょっとぐらい甘えてやって、あの勘違い野郎の目を覚ましてやるつもりだったのに!
「よし、1回失敗すんのも2回も同じだろ。こうなったら出るまでかけてやる」
もう一度かけようと見たスマホの液晶画面に影が差し、俯いた視界に見覚えのある靴が入ってきた。
男は服や髪型は勿論、身につける小物にも気を抜くなって偉そうに言ってたアイツの靴。
綺麗に磨かれた汚れのない靴が俺の前にやって来た。
「遅ぇよバカ。お前は今日からリカちゃんじゃなくてバカちゃんだ」
相手を見ずに言った俺にその靴の持ち主であるリカちゃんが身じろぐ。風に乗って漂ってくる匂いはやっぱり甘くて、俺は持っていたスマホをポケットにしまってから顔を上げた。
「リカちゃん、ごめん」
「…今度のごめんは何?呼び戻してごめん?それともさっきと同じ意味でのごめん?」
「マジで悪いと思ってる。リカちゃんのことを考えたらこれしか思いつかなくて」
「だから何がだよ。わざわざ電話してきて人のこと変態だの性悪だの言って何がしたいんだ?」
そうやって機嫌を悪くしながらも、俺が戻って来いって言ったらすぐ来てくれるのがリカちゃんらしくて笑ってしまった。
やっぱりリカちゃんって俺のこと好きなんだなぁって実感する。
「リカちゃん」
「なんだよ」
怒ってるはずなのに返事してくれるのが嬉しい。
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