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ボクも含めて、呆気に取られていたクラスメイトたちだったけど、知紀くんが音楽室を出て行ったとたん、……「脱走?」、「え? マジで逃げだしたの?」……などと、一斉に騒ぎ出した。
「静かになさい!」
諌山先生の一喝で、音楽室はまた元の静けさをとり戻した。
数分後、息を切らせて音楽室に戻って来た知紀くんは、手にCDらしきものを持っていた。
「らしきもの」ではなく、間違いなくCDだった。
「オレが合図したら、これを掛けてください」
息を弾ませながら、諌山先生に持っていたCDを渡した。
知紀くんはピアノ前に座って呼吸を整えていた。
それから大きく1つ息を吐くと、諌山先生のほうを見て頷く。
何が起こるんだろうと見守っていると、スピーカーから流れてきたのはピアノの曲だった。
知紀くんはその曲に合わせて演奏を始めた。
聞いたことのない曲だった。
「これって……」
諌山先生は、思わずつぶやいてしまった自分の唇に人差し指をあてて黙った。
CDから流れてくる音に合わせて、知紀くんは別の曲を弾いているようだった。
2台のピアノの音が溶け合って、まるで1人のピアニストが演奏している曲にしか聞こえない。
でも、ところどころ音が混じり合っていないようにも感じる。
胸がざわざわとなるのは、そのせいなんだろうか。
荒々しいのに、切なくなるくらいきれいなこの曲は、知紀くん自身だと思った。
――知紀くん、カッコよすぎるよ!
ピアノを弾く知紀くんは、中学1年生の演奏とは思えないくらいに情熱的だ。
そのうえ、見たことのないカッコよさがあった。
この曲には、いつまでも聞いていたいと思わせる何かが潜んでいる。
知紀くんは楽譜もなしに、5、6分はあると思われる曲をミスなく弾き終わった。
ピアノの弾けないボクは、それだけで尊敬してしまう。
家にアップライトピアノがあったのに、なんで習わなかったんだろう、と後悔した。
「村瀬くんに拍手を!」
演奏を終えた知紀くんに諌山先生が拍手をすると、クラスの皆から大喝采が送られた。
本当に感動したという拍手だった。皆の知紀くんを見る目が、 一瞬で変わった気がする。
知紀くんは照れくさそうにしていた。
「ラフマニノフが弾けるなんて、万里子(まりこ)さんから聞いてなかったわ!」
万里子さんというのは、知紀くんのお母さんのことだ。
「いつから練習してるの?」
「小4、5くらいから……かな」
「万里子さんに聞かせた?」
「いいえ」
「どうして聞かせないの!」
「えっと、……いっしょに弾ける相手がいなかったんで……」
諌山先生にものすごい勢い詰め寄られた知紀くんが、めずらしくしどろもどろになりながら答える。
「興奮したりしてごめんなさいね。さっきの曲って、「2台のピアノのための組曲」だったわね。……だったら、今みたいにCDの演奏に合わせればいいじゃない」
「オレ、楽譜見て覚えてないんで、……適当に弾てるんじゃないわよ、ってブッ飛ばされちゃいますよ」
「へえ、この曲も耳で覚えたの?」
諌山先生が感心している。
「オレの小遣いじゃ楽譜買えないから、家に楽譜のない曲は聞いて覚えるしかないんで……」
この子は間違いなく、一流ピアニストになるための資質に恵まれている。
しかも、十分すぎて嫉妬するくらいの。
――怒られたり、悲しいことがあったりすると、ヘンデルの「サラバンド」を自分で弾いて慰め
られているような、変わった子だったわ。
――小さい頃から、超絶技巧の曲を好んで練習してたわ。
――私が楽譜を見て弾くのを諦めたアルカンの「鉄道」なんか、笑いながら弾くような変人よ。
このとき、諌山先生は親友である知紀くんのお母さんから聞いていた、知紀くんに対する数々の言葉を思い出していた。
同時に、親友にある提案をしなければ、とも思ったそうだ。
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