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伝わらない温度にしおりをはさみました!
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伝わらない温度
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〈10、伝わらない温度〉
とぷとぷと水の中に漂うような感覚。俺の意識は浮かんでは沈み、沈んでは浮かびを繰り返していた。
音も聞こえないような世界の中で、俺は昔の夢を見た。
初めて会ったときの事をよく覚えている。儚げな美人の母親の後ろからそっと出てきた少年は本当に綺麗で、どうしても仲良くなりたいと思った。
孝太郎がこちらに越してきたのは俺たちが二歳の頃だった。ご近所さんということ、また両家が仲が良く、いつもどちらかの家に行って遊んでいた。
孝太郎は物心つく前から俺の傍にいた。それから何をするにしても一緒で、孝太郎と会わない日々はないという毎日だった。
孝太郎の両親は美男美女の夫婦で、一つの芸術品のような人たちだった。俺の両親も顔が悪いわけではないがあの二人を前にすると霞むほど二人は美しかった。その二人のいいところをすべて受け継いだ孝太郎は誰にでも愛され、そして何より優しくて穏やかな人柄の二人に大切に大切に育てられていた。
大きくなっても俺は孝太郎のことが大好きだったし、孝太郎も俺のことが大好きだった。喧嘩だってたくさんした。そのたびにしょうがない子達だと見守ってくれていたのは俺たちの両親だった。
そんな毎日が、幸せが、ずっとずっと続いていくと思っていた。
額にひやりとした手が乗せられた感覚があり、俺の意識は浮上していく。
重い瞼を開き、ぼんやりとした視界に映ったのは孝太郎だった。
「大丈夫か」
「……こた」
酷く頭の痛そうな顔をして俺の顔を覗き込む。そのまま優しく頭を撫でられ、とても気持ちが良かった。孝太郎の手はそのままするすると俺の頬を撫ぜていった。
「少し熱があるな。朝からか?」
少し低めの声が心地いい。このまま眠ってしまいたい。そう思って目を閉じると孝太郎はこら、と頬を優しくつねった。
「なんか食え。好きなもの作ってやるから」
「……お前の手、冷たい」
質問を無視し、すりすりと猫のように手に頬を擦り付けた。驚いて手を引こうとする気配があるので両手で手を掴んで阻止する。
孝太郎は戸惑いながらもされるがままになっている。孝太郎の手は芯まで冷え切っていて、俺の熱が移ることはなかった。
それがなんだか悲しくなってきてしまって、ジワリと視界がにじんだ。
「っおい、どうした」
「こーちゃん」
こーちゃんは昔のあだ名だ。過去にこうして呼んでいた人間は三人だけ。
俺と、孝太郎の両親。
そして、こーちゃんと呼ぶ人間は俺一人になってしまった。
「こー、ちゃん」
せめて熱が移るようにと、孝太郎の手を強く握り締めた。
孝太郎の両親は七年前、亡くなった。交通事故だった。幼い孝太郎を喜ばすために、プレゼントを買いに行った帰りだった。
いつまでも冷たいその手が、今はただ悲しかった。
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