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言いたいことにしおりをはさみました!
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言いたいこと
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<15、言いたいこと>
「なあ、ナナと何かあったの」
「え?」
今日の体育はバレーボールで、試合じゃない俺と野田は審判役として体育館の壁際に座っていた。点が入るたびにホイッスルを押す簡単な仕事をこなしていると、野田がポツリと問いかけた。
「……なんで。いつも通りだよ」
俺はうまく笑えているだろうか。無意識に手の甲で口元を覆う。
あの突然の来訪から数日。風邪も治り学校には行っているが、俺は孝太郎とあまり話さなくなった。いや、話せなくなった、といったほうが正しいか。
ずっとずっと孝太郎を縛り付けてきた。家事や、楓の世話、孝太郎の時間全てをもらって俺は生きてきた。目を逸らしつづけてきた事実に気付いてしまえば、後に残るのは罪悪感。
話そうとしてもうまく言葉が出てこない。ここ数日で俺は孝太郎を少しずつ避けるようになってしまった。孝太郎はいつも何か言おうとするが、俺が逃げてしまう。
変わったのはそれだけではなく、彼女が孝太郎を連れ去ることが多くなったことだ。休み時間や昼休みになれば彼女が現れ、なんやかんやと理由をつけて教室から連れ出してしまう。必然的に孝太郎と過ごす時間は減り、話すことも少なくなった。
「……ま、いーけどさ。言いたいことがあるなら、言ったほうがいいと思うけどなあ、俺」
ボールが床を強く叩き、ホイッスルを押す。野田は得点板をめくりながら俺の頭を撫でた。
「子供じゃないぞ」
「かーわいいなあ樹は。うりうり」
「やめろ馬鹿」
髪をめちゃくちゃにする野田の腕を笑いながら払いのけると、何故か隣のコートから視線を感じた。
(誰だ?)
視線を感じたのは一瞬で、その視線の主はわからなかった。でもなぜか、孝太郎じゃないかと思った。
「なあ、野田って早いうちから孝太郎と仲良くなったよな。なんで?」
「なんでって……。たまたまだよ、たまたま。話してみたら気があったってだけ」
孝太郎の容姿はかなり人目を引く分、話しかけづらい雰囲気がある。孝太郎は別に人付き合いが下手というわけじゃないが、それでも初対面から孝太郎に話しかける奴は少ない。
しかし、高校入学してすぐの頃。孝太郎と野田が笑い合いながら話しているのを見たことがある。一年の頃、俺と野田は一緒のクラスだったが孝太郎は隣のクラスだった。入学して早々、オリエンテーションもなしに仲良くなった二人がとても珍しくて、俺もその中に入れてもらったのが始まりだった。
「ナナはさ」
「うん?」
「誤解されやすいじゃん。すかしてるとか、女たらしとか。そんなことねーのにな。優しいし、ずっとずっと、一人の人間しか見てねーのにな。損な性分っていうか、不器用だよな」
損な性分。不器用。まさに孝太郎のためにあるような言葉だった。
(お前はそうやって自分を犠牲にし続けて、ずっと生きてきたんだ。だからもう、いいんだよ。自分の幸せのために生きるべきだ)
遠くの孝太郎の姿を見つめる。コートの位置的に、うまく顔は見えない。体育館の脇のドアからは、外でテニスをやっている女子達が孝太郎に黄色い声援を上げている。
その中には、あの進藤さんの姿もあった。
「進藤、さんと孝太郎って付き合ってるんだよな」
「らしいな。でも、あいつ黒い噂しかないぜ」
「黒い噂?」
「なんか友達と誰が一番男を弄べるか、みたいなことやっているらしい。あの顔に言い寄られて、断る奴はいないみたいな。それで悲惨な目にあった男が多いって聞くけど、真実はどうだかなー。ま、それ抜きにしても俺あいつ嫌い」
俺も、といいかけた言葉をかろうじて飲み下す。
腹の中に溜まっていくどろどろとしたものを吐き出せたなら、どんなに楽だろう。
「孝太郎の好きな子って進藤さんなのか?」
「……さあなあ。でも、進藤ではないだろうな。俺だったらあんな高飛車な女御免だね。ナナ、なんであんなのと付き合うんだか」
人の好みだ、きっと彼女にもいいところがあるんだと思い込もうとする。
そっと瞼を伏せ、野田に言われた言葉を思い出す。
(言いたいことなんて決まってる)
今までごめんな。進藤さんでも誰でもいい、どこかの誰かと幸せになれ。
試合終了。手の中のホイッスルは、俺の思いをかき消すように無機質な音を出し続けた。
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