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6章-p1 においにしおりをはさみました!
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6章-p1 におい
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「やっぱり…気のせいじゃなさそうね。」
朝、リラレルはまた臭いを気にしていた。以前よりも濃くなったというその臭い、気のせいではないとリラレルは珍しく不快そうな顔をしていた。
ダードはナズの臭いじゃないかと思っていたが、ザムシルに「あんな雑魚に妖魔の臭いなんかあってないようなものだ、リラレル様のお鼻に届く権利は存在しない」真っ向否定されてしまった。
支度を整えると再び海沿いの森を歩く事にした。海沿いは木や草が生い茂ってなく、今までより比較的歩きやすいのだ。
いつもなら珍しい草花などに鼻歌交じりに近寄っていくリラレルも今日は機嫌が悪そうに表情なく歩いていた。
「そんなに嫌な臭いなのか?」
ダードは心配になり尋ねる。
「ええ…嫌というか、覚えのある臭いに近い気がして、でもね、あいつの臭いなはずはないんだけど。」
ザムシルもそんなリラレルを見てかやや緊張感のある面持ちをしていた。
何事も無くしばらく歩き、少し休憩を取ろうとした時だった。
行く手の左前方から、大きな爆発音が聞こえた。
3人がそちらの方向を見ると、黒い煙が上がり、たちまち焦げたような臭いが鼻をついた。
「リラレル様」
「ええ、行ってみましょう。悪い予感が当たっていないことを願うわ。」
阿吽の呼吸で会話を交わすと、リラレルは駆け足で煙の上がる方へと向かった。ザムシルも出しかけていた荷物を雑にまとめると、戸惑っているダードの腕を引いた。
「今回は少しやばいかもしれん。お前は絶対に前に出るな、覚悟しておけ。行くぞ。」
いつにも無く真剣な顔でそう言われ、ダードは唾をゴクリと飲み込むと頷いてザムシルに引かれるまま走り出した。
騒ぎの元に近づくと、そこは小さな村のようだった。しかし木で作られた建物は全て壊され燃え上がっている。村の住民とも思われる人々がそこらじゅうに倒れ苦しそうに声を上げたり、建物の下敷きになり手足だけが見えている者もいる。
リラレルがその光景を目に入れた時、炎と煙の中、村の中心に黒い影の魔物がもやもやと蠢く姿が見えた。臭いの元凶、そしてこの村を破壊したであろうその影、リラレルはそれが思っていた通りのものであった事に強烈な不快感を覚えた。
同時に魔物の元に立ち向かう人影が見えた。リラレルが目を細めた途端、魔物はその人影に爪のように尖った手を振りかざす。塵のように舞い上がった人影は勢いよく飛ばされ、地をずりながらリラレルの足元で止まった。
その人に一瞬目配せをしてリラレルは驚いた。緑髪に、隻腕隻眼の見覚えのある男の姿につい声を上げた。
「まあ!エシじゃない、偶然ね!」
ぱっと笑顔になりその男を見て小さく手を振る。攻撃された痛みに悶えながら、男はちらとリラレルを見てやはり驚いたようだった。
「…っ、リラレル?お前、何でここに…ってそんな状況じゃねぇん...だって!」
エシと呼ばれた男が魔物に視線を移すと魔物もまたこちらを睨んでいた。リラレルもそちらを見たが、その瞬間魔物は走るように身体をうねらせ凄い速さで森の奥へと姿を消してしまった。
「くっ、待ちやがれ!」
そうエシは立ち上がろうと身体に力を入れるも、所々に出来た大きな傷からは出血がひどく、地に落ちたときのダメージもひどい、体には痛みが走り声を上げてうずくまった。
「今は、追いかけない方がいいわ。」
リラレルはそう静かに言った。
後から追いついてきたダードは、村を見てショックを受けしばらく立ち尽くしていた。
リラレルは「もう、遅かったじゃないの」と茶目っ気たっぷりに言うと、ザムシルに早急にエシの様子を見るようにと指示した。
ザムシルもまたこの男を知っていたが、態度はリラレルとは全く異なった。男の顔を見て特別不快そうな顔を浮かべると「…こいつ本当に助けなくてはいけませんか?」と珍しくあからさまに反抗的な悪態をついた。
「つべこべ言わず急ぐ、この状況一番知ってるのは彼よ。」
ぶつぶつと何か不満を呟きながらも意識を失ったエシの怪我の具合を見る。ザムシルは眉間のしわを深めるとすぐにダードを呼んだ。
「応急処置で手に負える怪我じゃない。悪いがお前の能力で治療してやってくれ。本当は助けたくないんだが…」とザムシルが言いかけていると、間髪入れずリラレルが「村の人からも情報を聞きたいから生きていそうな人を救出してきて、早く!私も手伝うから。」と言った。
リラレルはザムシルの背を叩くと、弾かれるようにザムシルは駆け出し村の人の救助に向う。エシと呼ばれた男に手をかざし治療しながら、ダードはその様子を呆気に取られたような顔で見ていた。
「ザムシルはエシが嫌いなのよ。」
「それは、どうして?」
「なんでなのかしらね?」
リラレルは質問を質問で返すと、自らも村の人を助けに向かった。
村の人の中で助かったのは約4割。ひどい惨状だった。魔物に完全に引き裂かれ一瞬で絶命したであろう者、建物の下敷きになり息絶えた者、暴れ回った魔物の爪痕は地を抉り、未だくっきりと残っていた。しかし幸いしたのは魔物の目的がどうやら人を殺す事ではなかったからのようだ。ただ暴れまわり、向かってくるものはただ引き裂いた。そんな状態だった。
ダードは今迄にないくらい能力を使い、ひどく疲労を感じていた。契約以来疲れ知らずだと思っていた体が重く感じたのは初めてのことだった。何分怪我が酷い者が多く、人体に詳しいザムシルの応急処置でも手に負えずダードの高い治癒能力が必要とされた。リラレルも治癒能力はあるが、妖力を温存するためにほとんど使わず応急手当と情報集めを中心に行った。
一通り状況が落ち着くと、ダードは切り株にもたれ掛かるように座った。タイミングよくザムシルが近くの川から水を大量に組み上げて来た。ザムシルはコップに冷たい水をすくうと一番にダードに渡してくれた。
「よくやった、少し休め。」
ダードが水を受け取ると、わしゃわしゃと頭を撫でる。水を一気に飲み干すと、喉が潤い生き返った心地がした。
ダードがふとリラレルの方を見ると、リラレルは意識の戻らないエシに寄り添い心配そうに顔を覗き込んでいた。
「ねぇ、ザムどうしたら起きるかしら?」
「俺がたたき起こしましょうか。」
「いやよ、あなたったら加減しなそうだし。」
そう言うとリラレルはぺちぺちとエシの頬を優しく叩き始めた。
ザムシルはやはり不機嫌そうな顔をして、水を村人達に配りに行った。
しばらくしてエシが目を覚ますと、リラレルはザムシルとダードを呼んだ。
エシはまだぼやける頭を掻きながら、ザムシルとダードの顔を順番に見る。リラレルは大丈夫?と言いながらエシの背中をさすっていた。
「ああ、なんだ、リラレルに会うのでさえとんだ偶然だと思ったが、まさか左手の…お前までいるとはな。」
エシはダードの顔をまじまじと見つめるとそう言った。
「俺を知っているのか、俺はお前を知らない」
「まああくまで手配書を見たことあるってだけだけど、俺は賞金稼ぎしてたからさ。…って、そんなことはどうでもいいんだ。」
「本当、偶然よね。こんな所だけど私は会えて嬉しいわ、エシ。」
「俺も死に際にいい女が見られて、そのまま天国にでも行けるのかと思ったぜ。なんだか雰囲気も少し変わって…また綺麗になったなリラレル。」
エシはさりげなくリラレルの手を握った。
「あらやだ。相変わらずお世辞が上手ね。」
リラレルはとても嬉しそうに照れ笑いながら、エシの手を握り返した。
何となく二人の関係性を察したダードはなるほどと感心しながら、横で奥歯を噛みしめながらイラつきを抑えきれておらず眉間のシワMAXの同僚をちらと見た。
「そうそう、あなたの子もとっても元気にしてるわよ。」
「…はっ、えっ?子供?」
エシはただでさえ落ちつかない状況に上乗せされた衝撃の事実に混乱している様子だった。
「あら、言ってなかったかしら。そうよねあれ以来会っていないものね。でも大丈夫よ、もう独り立ちしていい人見つけたみたいだから。」
リラレルは笑顔でエシの手を握りながら言う。
「独り立ちって、まだ1、2歳じゃ…んん?」
エシはもうなんだかわからないという顔で、困ったようにリラレルを見つめるしか無かった。
んんっ、とザムシルが咳払いをする。
「話を切って大変申し訳ないのですが、本題に戻しますよ。あのバケモノはやはり、あいつなのですか。」
リラレルもそうね、と視線を鋭く落とした。
「そこの話は俺からしよう。」
口を開いたのはエシだった。
「左手の…じゃなかったダードお前は知らないことも多いから順を追って話そう。俺の名はエシデュルフ、サールで半妖魔のヌメリって相棒と共に賞金稼ぎをしていた。その半妖魔の相棒なんだがな、実は結構名だたる妖魔の息子で…」
「結構ってレベルじゃないわ、私と並ぶ強い妖力を持っているエヴィンの息子なの。」
ダードは難しそうな顔をしながら頷く。
「リラレル様と並ぶ三大妖魔の一人だ。で?つまりあの小僧が居ないということは、さっきのはあの小僧なのかそれとも…」
ザムシルに問われてエシはうつむいた。
「俺にもよく分からないんだ。ヌメリが急に苦しみ出したかと思ったら、あいつのピアスの宝石が光出して、気がついたらでかい妖魔のバケモンになってた。」
リラレルもそれを聞いて顎に手をかけて考え始めた。
「…エヴィンは死んでいなかった。その可能性があるわね。私もさっきのあいつからはエヴィンの臭いがしたもの。確かにあいつが死んだ話は噂伝いだったし、完全に消えたところを見た者はいない。となるとなんらかの理由で弱っていたエヴィンはヌメリの近く...恐らくはその宝石にでも身を隠していて、今になってヌメリの体を乗っ取りながら完全な復活を遂げようとしているのかも。」
それを聞いてエシはリラレルの肩を掴んだ。
「それじゃあ、ヌメリはどうなっちまうんだ!リラレル、頼む、あいつを助けてくれ!…俺じゃ、人間の俺じゃあ、到底太刀打ちできねぇんだよ。」
エシは悔しそうに顔をしかめ、リラレルに訴えた。
リラレルは肩に置かれたエシの手をゆっくりと取ると、優しく握り返した。
「もちろんよ。大切な貴方のパートナーですもの。エヴィンを野放しにするのは私にとってもいい事ではないわ。でも、とりあえず今は休息をとりましょう。安心して、あいつの臭いならすぐにたどれるから。」
エシは行き場のない思いに下唇噛みながら、ゆっくりと頷いた。
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