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5章-p2 ほんの些細な事
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「よぅ、チビちゃん久しぶりだな。会えなくて寂しかったぜ。」
ぎゃははという下品な笑い声とともに、ダードはその男を認識し身体をこわばらせた。
「…ナズ」
「探したぜぇ、あの家に行っても居ないんだもんな。だから、リラレルの妖気を頼りにこっそり後を追いかけてたんだよ。」
ナスはダードに馬乗りになり、両手首をガッチリと掴んで抑える。
「色々考えたんだけどよ、お前が俺の言うことを聞かなくなったんなら…もう俺の物じゃなくなったんなら、殺しちまおうかと思い立ってよ…」
ナズにやりと笑った刹那、
「元々お前のものでは無いわ!馬鹿者ー!」
森の奥から唐突に飛びたしたザムシルの飛蹴りを見事にくらったナズが、ダードの視界から突如消え飛んだ。
ふっ、と息を吐きながら綺麗に着地を決めたザムシルが数メートル吹き飛んだナズをわざとらしく眺める。
「ザムシル…!」
「だから気をつけろと言ったろう、勝手にこんな所まできおって。さ、帰るか。」
ザムシルの手を取って立ち上がろうとするダードの背後でナズが怒りを纏いゆっくりと起き上がる。
「て、めぇ…」
ナズが鋭く伸びた爪を振りかざしてザムシルに襲いかかる。ザムシルはなんでもない顔で振りかざされた手をすっと避けると、足を踏ん張ってからナズの腹部へ思い切り拳を突き刺した。
「ぐふっ」と苦しそうに息を吐くと、ナズは腹を抱え込んで倒れ込み、苦しそう呼吸をする。
そんなナズの前にザムシルは仁王立ちで立ちはだかった。
「思い上がるのも大概にしろ。オレに少しでも勝てると思っているのか、馬鹿らしい。今までどんな弱者の中で威張って生きてきたか知らんが、俺からしたら貴様は雑魚同然。死にたくなければ消え失せろ。」
ザムシルはするどく冷たい目でナズを見ていた。
ナズは腹を抱えながら、ひひっと笑った。
「ふざけん、なよ。そいつは俺の、獲物なの…に。横取りされて、たまるかよ!」
起き上がると同時にザムシルの首元を狙って飛び掛ったナズだったが、動きを予測していたザムシルに横から鋭く頭を蹴り飛ばされ、再び横に倒れ込んだ。
「無駄な動きが多い。それでオレが殺せると思っているのか。貴様のはただの子供のケンカだ、力任せに殴るだけのな。そんなものでは俺に触れることもできんぞ…そんな戦い方で挑まれていると見くびられているようで余計に腹立たしいわ!」
ナズの攻撃が決して遅い訳では無い、恐らく普通の人ならその攻撃に鋭い爪でで身を裂かれ、大きく負傷してしまうだろう。しかし、その攻撃の全てをザムシルは見破っていた。体制、目線、足先、筋肉の力の入り方、これまで言動から推測する性格から予想される思考、いくらでもある情報をかき集めて予測し対応する。それはザムシルにとって容易い事だったと言うだけの事。
再びナズが体を起こし、攻撃を仕掛けると動きを読まれザムシルに反撃をくらう。ナズが起き上がり怒りをぶつけようとする度に、もう一度、もう一度とナズの体をにぶい音が貫いた、数度その繰り返しが続いた。
「ザムシル…」
一方的な戦いとも言えないそれを少し離れてみていたダードが思わず声をかけた。
「案ずるな、殺しはしない…」ザムシルの瞳は相変わらず冷たかった。
「ちくしょうがぁぁぁ!」
ナズは叫ぶとうずくまって荒い呼吸をし、咳き込む。どうにも行かない力の差に、行き場のない怒りが闇に消えてゆく。
そんな怒り狂うナズを尻目にザムシルはくるりと背を向け、キャンプをしていた森の方へと向かい歩み出した。
「帰るぞ。」そう素っ気なくダードの背中を押して先に追いやる。ダードはナズが気になって振り向いたが、ザムシルに背を押され前へと進む。
「気にするな。先に進め。」
そう言われ小さく返事をすると、ダードはザムシルの先を行き少し距離を離しながら森を進み始める。ザムシルも落ち着いた様子でダードの後ろを歩きだした。
がさっ、と砂をける音が耳をかすめ振り向くダードの視界には、ザムシルの背後から飛びかかろうとするナズの姿だった。
ダードは一瞬で背筋が凍る思いをしたが、背後から来る敵の存在がまるで見えているかのように、ザムシルは後ろを見ること無くナズの顎に強烈な拳をお見舞いした。ナズは背から倒れ込む。
ようやく振り向いたザムシルは、倒れたナズにまたがるように仁王立ちし、ざこと称したその男を見下ろした。
「…あきらめろ。それとも今すぐ死にたいのか?この俺の同情心をほんのわずかに掻き立てるほど貴様は馬鹿で愚かに見えるぞ。」
「…」
ナズはなおもザムシルを殺すほど睨みつけ、尖った歯をギリギリと鳴らすほど食いしばっている。
ザムシルははぁと長いため息をついた。
先程までとは違い、皮肉を含んだ口調でザムシルは話し出した。
「ナズ、貴様は自分の獲物が取られたとか、一方的な攻撃を受けてまるで自分が被害を被っているように感じているかもしれない。しかしな、貴様は知らんかもしれないが、以前貴様と会った時とは決定的に異なる事が一つだけある。それは俺がダードと恋仲になった事だ。」
ナズはそれを聞いて一瞬はっとした表情を見せたがすぐに憎しみを顕にした。
「つまりだ。貴様はこの俺の物に手を出そうとしている。分かるか?いや貴様のちんけな脳では理解できないかもしれないが言っておいてやろう。この状況で、オレも十分に被害を被っている。ああそれは貴様が怒るのと同等かそれ以上にオレだって頭に来ているという事だ、しかしオレはそれを我慢してやっている。さっきから、貴様に死にたいのか?と問い続けてやっているが、実のところ今にでも貴様をこの世に残らない程粉微塵にして殺してやりたのをとても我慢している。いや、簡単に殺してしまうなんて甘いか、いちばん苦しむ殺し方でやってやるのがいいかもしれん。ダードだって長く苦しんでいたみたいだしな、それ以上に苦しんで貰わなくてはこまるよな。なぜ我慢しているのかって、それは殺すなと言われているからだよお前が襲い殺そうとした相手にな!」ザムシルは低い声でそう言い放った。
「つまりは…てめぇだってアイツのことエロい目でしか見てねぇ同族じゃねえかよ!」
声が裏返る程ねじり出した声でナズは最後の抵抗を叫んだ。
ザムシルは眉間のしわをふっと緩め瞳から光を失う程に表情を消した、そしてナズの胸ぐらを掴み顔を近づけ額の骨がそっとゴツンと鈍いを音を立てた。
「…これは殺すなという方が無理に近いか…?」
その声にこれまでにないほど死を感じたナズはひゅと冷たい息を飲み込むと、手足をばたつかせながら全力でザムシルから遠ざかった。
ザムシルは無表情のまま、ナズに再び背を向けた。
それを不安そうな顔で見ていたダードの肩に手を回し、今度こそリラレルの元へと歩き出した。
ナズはもう追っては来なかった。
戻るとリラレルがテントからひょっこりと顔を出していた。
「どこいってたの?楽しいことしてきたんでしょ」
ニコニコとからかうように笑いながらリラレルが言った。
「ちょっとした散歩ですよ。邪魔も入りまけどね、ほんの些細なことですが。」
「あら、小さな妖精に遊ばれでもした?」
「まあそんなところです。」
ザムシルは何でもないように答えた。
リラレルが再びテントに潜ると、ザムシルは横になっていたダードに話しかけた。
「以前会った時から思っていたが、ナズ相手ならお前でも勝てるだろう。」
「…分からない。対等な状況で一対一ならいい勝負になるかもしれない。」
「オレの感覚でいうと割と余裕で勝てると思うぞ。でもお前はそうしなかった…つまり、有無を言わせずに逆らうことさえさせない状況を作られていた。」
「…」ダードはザムシルに見えない所で表情を曇らせた。
「やはり殺しておくべきだったか。」
「ザムシル!」
ダードが体を起こすと、ザムシルは機嫌が良さそうに笑っていた。
「冗談だ、さっきのも全て冗談と受け取っておいてくれていいぞ。」
そう愉快そうに笑ったが、ダードは先程の遭遇で彼が言った言葉が冗談ではないことくらいは分かった。それだけ、ザムシルはナズに対して怒りを感じているし、また自分が言ったことをしっかり守ってくれるくらい大切に思われているのだと、そう痛感した。自分がナズを庇うような事を言っている状況はザムシルを苦しめていることにもなる、そう思うと胸が痛くなった。
もし、もしも、再びナズがやってきた時には…ザムシルはどんな行動をとるだろうか。
少し眠れと言われてダードは横になり目を閉じた。
小さな火のパチパチという音が、濁る思考を紛らわせてくれる。
ナズにもう二度と来ないでくれと願う反面、来ないということはいつか来るかもしれないという恐怖が長続きするだけになるのでは、と感じる自分がいてダードは自分の思いに嫌気がさした。さっき見たあの夜空に輝く星のように心が晴れ輝く日はいつ来るのだろうか、そう思った。
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