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そんな日常:出勤前にしおりをはさみました!
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そんな日常:出勤前
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横山真一が昨夜一人で入ったベッドの中に、侵入者がいるのは毎朝のことである。
[1]
6時に鳴るように設定された目覚まし時計は、寸分の狂いなく、けたたましい音をあげた。
横山真一はベッドに入ったまま、腕だけを伸ばし、その目覚まし時計を止める。
まだ暗いが、朝が来たのだ。
仕事に行かなければ。
まずはシャワーを浴びなければ。
心地よく温まったベッドの中で、起きてから行う一連の行動を頭の中で思い浮かべるのは、起きたくない気持ちに打ち勝つための儀式のようなものだ。
もう何年もこれを繰り返している。
朝起きるのが憂鬱な冬場は特に、頭の中で思い描く回数が増える。
髭を剃り、顔を洗い、歯を磨く。
そこまでイメージした所で、真一は、よしっ!と気合いを入れ、自分を奮い起たせた。
ガバッと自分の身体から掛け布団をとり去り、冷たい床に両足を付けてベッドに座る。
そのまま立ち上がり、風呂場に向かおうとするのだが、しかしその行動は、背後から「う~ん…」と低く唸る声によって阻まれた。
侵入者、もとい、羽田平助に、だ。
唸り声だけではなく、背中側の服が引っ張られる感覚を覚える。
「……真ちゃん、もう起きるのー?」
後ろを向けば、丸く膨らんだ掛け布団の中から細く色白な腕だけが伸ばされ、真一の服を掴んでいた。
その状態で、掛け布団の膨らみが話し掛けてくる。
初めてこの光景を見た時、まるで布団お化けのようだと心臓に悪かったのだが、今ではもう慣れてしまった(布団お化けだとは思うが)。
平助の眠り方は独特で、窒息してしまうんじゃないかとこちらが心配になるぐらい、頭の先まで掛け布団を被る。
しかし腕の位置や今までの経験から、どこに頭があり、どんな方向でどうやって寝ているのかは大抵予想がつく。
頭があるだろうなと思う部分をめくれば、予想通り傷んだハニーブラウンの髪に包まれる頭が出てきた。
真一はその頭を少し乱暴に撫でてやる。
「仕事行ってくる」
「……もう6時かぁ」
そう言うと、服を掴んでいた手の力が抜け、するすると布団の中に入っていった。
まるで、掃除機のコンセントが巻き戻されていくように。
平助が順調に仕事を終え、客へのアフターサービスが無かった場合、真一の眠るベッドに侵入するのはだいたい夜中の4時ぐらいらしい。
熟睡型の真一は、平助の侵入に目を覚ますことはない。
ベッドに入り、それからすぐに眠りについたとしても、真一が起きるまでに眠れる時間は2時間ぐらいしかないはずだ。
しかし、眠りが浅いためか、平助は必ず真一が起きるとそれに合わせて目を覚ます。
そして服を掴む。
仕事だと言えば、駄々をこねずに手を離す。
そんな行動に、愛しさが込み上げてこないはずがない。
笑みがこぼれ、もう一度頭を撫でると、ハニーブラウンの頭に掛け布団をかけ直してやった。
シャワーを浴びるため、風呂場に向かう。
これからは目を覚ますための儀式だ。
§
シャワーを浴び、顔を洗って、髭を剃る。歯を磨く。
タオルで水気をとった髪にワックスを塗って、乾かしながらのセットが終われば、完全に目が覚めた。
そして段々と、仕事モードへ気分をシフトしていくのだ。
ワイシャツに袖を通し、ボタンを止める。
スラックスを履く。
風呂の脱衣場を出ると、電気のついたリビングは美味しそうな匂いに包まれていた。
「真ちゃんは塩派だっけ?お醤油派だっけ?それともマヨネーズ派だっけ~?」
風呂場の入り口と対面してあるキッチンで、美味しそうな匂いを作っているのは、あの侵入者で布団お化けの掃除機コンセントな平助だ。
どうやら真一がシャワーを浴び、身嗜みを整えている間にベッドから出たらしい。
ひょろりと細いラインの身体に、寝癖がついたままのハニーブラウンの後ろ頭が、絶対体型に合ってないだろうと突っ込みたくなる程だぼっとしたスエットを着て、エプロンもつけずにキッチンに立っていた。
後ろを振り返ることなく、力が全く入っていない間延びした喋り方で、話し掛けてくる。
「オイスターソース派」
「邪道だよね~」
匂いと音で目玉焼きだと判断し、既にご飯と味噌汁が並べられたテーブルにつきながら答えると、ハニーブラウンの後ろ頭はケラケラと笑った。
真一は、食事の他にテーブルに置かれた新聞を手にとると、経済欄やら政治欄に関する記事に目を通していく。
その間に出来上がった料理がテーブルに置かれると、正面の椅子が引かれ、そこに平助が座るのが分かった。
「毎朝毎朝、よく読むよね~。俺、新聞は番組欄しか見たことないなぁ」
「ちゃんと中身も読めよ。社会の流れに置いてかれるぞ」
「テレビ観てるから大丈夫だよ~」
自分と向き合うようにテーブルの椅子に座った平助が煙草に火をつける音を聞きながら、新聞から目を離さずに受け答えする。
だいたい読めたと思った辺りで、真一はバサッと読んでいた新聞を閉じると、折り目に沿ってたたみ、テーブルに置いた。
朝入れる仕事モードのスイッチは十分だ。
次は朝食。食べ終わったら、ネクタイを選ぶ。そして……
「……って!玉子焼きかよっ!」
ここで予想だにしてなかった光景に、真一の仕事モードは一気にオフになってしまった。
テーブルに並べられたのは目玉焼きではなく、綺麗に巻かれた黄色い玉子焼きだったからだ。
思わず真一は玉子焼きに向かって突っ込んでしまう。
目の前に座った平助は、真一の発言を意にも止めず、煙草を持っていない手でオイスターソースを差し出した。
「はい、オイスターソース~」
「玉子焼きにオイスターソースなんてかけねぇよ!」
ギャグかっ!と突っ込む真一に、平助はその重たそうな二重の目を意外そうに丸くする。
「オイスターソースって言ったじゃ~ん」
「目玉焼きだと思ったんだよ!」
「なんで玉子焼きを目玉焼きだと思うの~?真ちゃん、仕事のストレスで嗅覚おかしくなってるんじゃなーい?」
確かに自分でもそんな勘違いを起こした嗅覚が信じられない。
しかし勘違いを起こしてしまった原因は平助にもあるのだと、責任を転嫁する。
「お前が選択肢にマヨネーズとか入れてくるからだろっ!この際醤油は百歩譲ってやるが、マヨネーズはないだろっ!誰が玉子焼きにマヨネーズかけるんだよっ!」
「オレ~」
「あっ!おいっ!!」
真一の反応に最初は驚いていた平助だったが、真一が勘違いしていたのが分かるとニヤニヤと笑いだした。
そして煙草を口にくわえると、空いた両手でマヨネーズの蓋を取り、真一の制止もきかずにその中身を玉子焼き全体にかける。
ブリュリュリュリュッと下品な音を立てて、玉子焼きにマヨネーズがかけられていった。
それを信じられないという顔で、マヨネーズがかけられた玉子焼きと自分を交互に見てくる真一に、平助は口角を上げ、したり顔で笑ってみせる。
「おまっ……マジか……」
「美味いよ~。真ちゃんも食べてみ~?」
「このマヨラーがっ」
睨み付けてくる真一をよそに、平助はマヨネーズをかけた玉子焼きの一切れを指で掴むと、それを口に入れた。
「あっつ~……」
「当たり前だろ。出来立てなんだから」
勢いよく口に入れたはいいが、その熱さに上手く口を動かせずに金魚のようになった平助を見て、真一は呆れた顔をする。
折角良い感じで仕事モードに入れていたというのに。
こいつと居ると、いつもペースを乱される。
真一は一度大きく溜め息をつく。
それは平助と一緒にいながら仕事モードに入ることへの諦めだった。
箸を手にとり、両手を合わせる。
「…………いただきます」
「はい、ほーほ」
口の中に入れた出来立ての玉子焼きと格闘しながらも、平助は上機嫌に真一へ答えた。
§
味噌汁を飲み、ご飯を口に運び、再び味噌汁を飲む。
具沢山で、玉葱やらキャベツやらワカメやら、冷蔵庫の中に入っていた物を適当に詰め込んだかのような統一感のない味噌汁だが、これが不思議と口に馴染む、絶妙な美味しさだ。
玉子焼き同様、この味噌汁も、平助が昨日の夕飯に作っていったものだ。
彼の見た目から、料理なんて全く出来なさそうに見えるが、そんなことはない。
レパートリーが充実しているわけでもなければ、こだわりがあるわけでもないのだが、料理をするのは嫌いではないらしく、他の家事よりもすすんでしてくれる。
そしてレシピや具材など無視している所もあれば、玉子焼きにマヨネーズをかけるなど、その味覚に疑問を抱いてしまう部分もあるのだが、作る料理はこの味噌汁のように、大概口に馴染むのだ。
平助の作る料理を口にする度、人間1つは取り柄があるものだなと思うのだが、しかしこいつは何でもそつなくこなす男だということを、真一は知っている。
ふと、目の前から向けられる視線に顔を上げると、どうやら闘いに勝ち、胃袋にマヨネーズ付きの玉子焼きをおさめた平助が、煙草を吸いながらこっちを眺めていた。
目が合うと、平助は口の端を上げて笑ってみせる。
細い輪郭、鼻筋の通った鼻、重たそうな二重の目、薄い唇。
どれをとっても無駄がなく、整っている。
小綺麗な顔では、どんな表情も様になるのだと、真一は思った。
そんな彼から、指でつまんだマヨネーズがけの玉子焼きが口元に持ってこられる。
真一は一度平助を睨み付けたが、それに全く怯むことのない彼に負け、マヨネーズのかけられた玉子焼きを口に迎え入れた。
「どお?」
「…………不味い」
「またまた~」
確かに不味くはなかった。
だからといって、凄く美味しいというわけでもなかったが、有り得ないだろと豪語したマヨネーズがけの玉子焼きが意外と口に馴染んでしまったのを悔しく思い、買い言葉に売り言葉といった形で返事をする。
平助はそれさえも意に止めることなく、自分の口にも玉子焼きを運んだ。
「お前は食わないのか?」
今さらになって、平助の分のご飯も味噌汁もないことを指摘する。
「昨日たくさんお酒飲んじゃったから、食欲ないんだよね~」
「へぇ」
平助のこの返答はだいたいいつものことなため、真一も然程気にとめない。
寧ろ朝食をとっている方が、珍しかったりする。
味噌汁の具を食べる。
昨晩一人で食べた時よりも、味が染みているように思えた。
平助は煙草を吸いながら、時折スマホを弄りつつ、真一が朝食をとるのを上機嫌に眺めていた。
出勤する朝は、大抵こんな感じだ。
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