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家族:トイレの住人にしおりをはさみました!
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家族:トイレの住人
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控え室を後にすると、平助はそのままトイレに向かった。
美奈子の父親が、美奈子の母親と弟にトイレから引っ張り出されていく姿は見なかったが、案の定、平助が探していた人物はトイレに居た。
ウール生地のグレーのジャケットに黒ベスト、ストライプの入った白シャツ、それらを崩さない程度の細かいドットの入ったシンプルなネクタイ。黒い短い髪も、ワックスで程好く後ろに流されている。確かに会社に行く時の格好とは違う。
身長も男性平均を越えているが、小顔であるのと背筋が伸びているのもあって、聞いている数字よりも高く見える。身体も引き締まっており、普段でもスーツスタイルがよく似合う男前なのだが、今日はより一層男前に拍がついていた。
しかしこんな男前が、背中を屈め、手洗い場で何度も顔を洗っているのだ。その姿はなんとも情けない。
女性じゃこんなこと出来ないよなぁと思いながら、平助は持っていたハンカチを差し出した。
「……ほんっと、こういうのに弱いよね~、真ちゃんって」
「うるさい……」
文句を言いながらも、横山真一は平助が差し出したハンカチを受け取ると、それで顔と手を拭く。そして顔を洗う時についたのだろうスーツの染みを拭いた。この男はいったい何回顔を洗ったのだろう。
目元が赤い。鼻をすする。おそらく、美奈子の純白姿を見て感極まってしまったのは容易に分かる。人の幸せに涙腺が崩壊する、意外と涙脆い男なのだ。真一というの男は。
あの姿だけでこんなことになってしまうのなら、今日はさらに酷い顔になってしまうに違いない。想像したら笑いそうになるが堪える。
「さっき真ちゃんみたいなおじさんが、奥さんと息子に引っ張り出されていかなかった~?」
「あー、いたな。少し話した。急に女の人が入ってきたから、ビックリしたけど」
「あれねぇ、美奈子ちゃんのパパとママなんだよ~。一緒に乗り込んできたのは美奈子ちゃんの弟~」
「知ってるよ。お父さんと少し話したから。すっげぇ怒られてたけど、美奈子のお母さん、美奈子に似てないな」
「顔は似てるんだけど、性格がねぇ」
美奈子の父親と話したというのなら、もしかしたらそこで何か彼の涙腺を刺激する話を聞いたのかもしれない。それがどんな話であったのか分からないが。
真一は鏡で自分の顔を確認しながら、「美奈子は弟以外、兄弟いるのか?」と尋ねてきた。その質問の意図が分からなかったが、平助が「1人だよ」と答えると、「じゃああれはお前のことか」と独り言のように言う。
「息子が2人いるって言ってた。その1人は昔っから無鉄砲で、全部事後報告で、出ていったっきり連絡も寄越してこないって」
「……美奈子ちゃんパパ、何話してんの~?」
「心配してんだろ?」
息子かぁ、と、平助は記憶の中にある美奈子の父親を思い浮かべる。
たしかに息子同然に扱ってくれていたと思う。勉強をしなかったり学校に行かなかったりすると、えらく叱られた。しかし美術の時間に作った物が何か凄いらしい賞をとった時は褒めてくれたし、それがどこかで飾られてるというのなら、見に行くぞと美奈子の家族総出で平助も連れていかれた。
相談もせずに高校を中退した時は、これはヤバい、と、逃げ出せる場所を確認するぐらいには恐かった。それでも、「飯は食べに来い」と言ってくれたから、それからも時々美奈子の家にご飯を食べに行っていた。
美奈子からホストをしていると話を聞いたらしい父親に、受話器越しで「今すぐ帰ってこい」と怒鳴られたのは良い思い出だ(どうやって店の番号を調べたのかは知らない)。
珍しく抱いた反発心で、帰りはしなかったが。
あれが反抗期というものだったんだろうか。
「ちゃんと挨拶しにいけよ」と言いながら、真一は髪を少し弄ると、平助にハンカチを返す。
まだ鼻をスンスンとならす姿に、平助のからかい心が顔を出した。
「今の段階でこんなんじゃ、バージンロード中に号泣しちゃうんじゃなーい?」
「うるさいな」
「真ちゃん、意外と泣き虫だし~」
真一がよくケラケラと表現する笑い方で笑ってやる。
「仕方ないだろ?妹が嫁に行く気分なんだからっ」
「美奈子ちゃん、同い年だけど真ちゃんより誕生日早いよ~?」
「揚げ足とるなよ」
真一はキッと平助を睨むが、赤い目では迫力が全くない。むしろ可愛く見える。
そんな姿に胸がトキメイた平助は、それに忠実に従って真一の肩に手を置くと、顔を近付けて軽く唇を真一のに重ねた。当然、トイレには自分達2人しかいないことを確認済みの行為だ。
リップ音をたて離れると、真一は眉間に皺を寄せていた。予想通りの反応に、平助は吹き出してしまう。
「お前な、誰か入ってきたらどうすんだよ」
「大丈夫だよ~、入ってこなかったんだし~」
「そういう問題じゃないだろ?」
「いいじゃんいいじゃん~。それより外行こ~?少し風に当たった方がいい顔してるよ~」
平助の発言に、真一は再び鏡を見て確認しようとしたが、そんな真一の腕をつかんで平助はトイレから出た。
トイレから出てもその掴んだ手を離さずに歩いていたせいで、すれ違う人達が自分達に視線を向けるのが分かる。そして手を引かれる真一が焦った様子でひたすら文句を言っているのにも気付いていたが、平助は手を離す気にはならなかった。
真一と美奈子は同じ会社で働く同僚だ。
招待客の中には真一と同じ職場の人もいるかもしれない。
こんな姿を、真一は見られたくないだろう。
しかし、見せつけてやれと、平助は思った。
笑ってしまう。
今こうして、真一の手を引っ張りながら歩いているのが不思議でならないのに、嬉しくて笑ってしまう。
自分の企みでは、今日美奈子と結婚するのは真一のはずだった。しかし真一が着ているのはタキシードではない。つまり、真一は、新郎ではない。新郎だったなら、今こうして手を引っ張ることなんて出来ない。
どうしようか。
本当は、美奈子の旦那にしようと思っていたのに。
それが失敗したというのに。
どうしようか。
嬉しくてたまらない。
今自分が手を引っ張る男は、自分の最愛の彼氏のままなんだと、自慢したくて仕方がない。
これもそれも全部、美奈子のおかげだ。
「ありがとう」は、自分が言わなきゃならない言葉だった。
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