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熊谷家の人々15にしおりをはさみました!
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熊谷家の人々15
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(葵語り)
白衣姿の雅人さんは真っ直ぐこちらに歩いてきて、ベッド隣の椅子に座った俺の前に立った。見下ろされているのはあまり気分のいいものではない。
「春子おばさん、調子はどう?日に日に顔色が良くなっていくね。主治医にも話を聞いてきたけど、来週にも腕の手術ができそうだって。分からないことがあったら聞いてよ。裕ちゃんにも頼まれてるから、俺に出来ることはこれくらいだけど、居ないよりはマシだと思うよ。」
「雅くんありがとうね。あなたがいるなんて、心強いわ。見違えるように頼りになっちゃって、別人みたい。」
先生もしょうがなく頼んだのに、いやらしい言い方。俺が見上げると、やんわり頭を撫でられた。余裕で大人なフリは嫌いだ。
俺は自然と身構えて、先生は絶対に渡さないよ、と思いを込めて睨んだ。
「こんにちは。葵君だよね。裕ちゃんの大切な人。びっくりしちゃった。裕ちゃん、俺には興味ないって振ったくせに、こんな可愛い恋人作ってんだもん。春子おばさん、おじさんは反対してるんでしょ。なら葵君を俺に頂戴。うちは偏見無いし、全然大丈夫だから幸せにできるよ。」
肩をポンポン、と叩かれて身の毛がよだち、ぞわぞわと悪寒が上がってきた。俺は慌てて春子さんに寄り添った。
「えっ……むっ無理です…………」
「そうよ。うちの大切な可愛い可愛いお嫁さんなの。裕樹よりも私が大切にしたいから、絶対に駄目。葵君を泣かせたら、本気で怒るわよ。貴明さんもきつく叱ったんだから。いくら雅くんでもこのお願いは聞けません。」
つまんないなー、と雅人さんが口を尖らせて言った。なんなの、この人はやっぱりゲイなのか。先生狙いでなかったことにはホッとしたが、俺が欲しいとか冗談でも笑えないことを言ってくるから困る。苦手な人種かもしれないと思った。
春子さんから念押しの上に念押しをされて、俺と雅人さんは病室を出た。
エレベーターホールまで歩く俺に、雅人さんが隣で話しかけてくる。
「熊谷家は春子おばさんがいれば大丈夫。彼女と仲良くなればやっていける。何かあったら相談に乗るよ。裕ちゃんは忙しいだろうし、俺は熊谷家をよく知ってるから力になれると思う。勿論、俺に乗り換えてもらってもいいからね。君ならいつでも大歓迎。はい、これ俺の連絡先。」
雅人さんがポケットから名刺を出し、さらさらと連絡先を書いて俺に渡してきた。
「……………これ、いりませんって言ったら駄目でしょうか……」
「面白いこと言うね。駄目じゃないけど、本当に困った時のために持っておいたほうがいいと思うけど。」
貰うか迷っていると、目の前のエレベーターが開き、タイミング良く、お父さんが降りてきた。
そこで俺の思考が全てフリーズする。
お、お父さんだ。どうやって逃げようか。
「あ、おじさん……お見舞いに来たんだ。俺も同じ方向なんで、一緒に行くよ。こっち。」
「ああ、雅人か……」
俺のポケットにさり気なく名刺を入れ、雅人さんが身を翻し、俺からお父さんを遠ざけてくれた。
早く行きなさい、と手を使いジェスチャーで教えてくれた。ところが俺が慌ててエレベーターに乗ろうとした時、お父さんが俺の腕を引っ張ったのだ。
心底驚いた。殴られるかと思い、思わず身を固め目をつぶる。痛いの……嫌いだけど、我慢するよ。先生のためだもん。
「…………今日は……ありがとう。春子のためにまた来てやって……ほしい。」
「えっ……あ、あの……は、はいっ。」
そう声が聞こえて腕が離れた。
同時にエレベーターのドアが閉まり、降下を始める。
1人エレベーターに取り残された俺は、へなへなと座り込んだ。まだ心臓がドキドキしている。
今、『ありがとう、また来てほしい』って言われた……怖かったけど、すごく逃げたかったけど……よかった。
ほっとした拍子に涙が滲んでくる。
これって、少しだけど前進したと思っていいのかな。
病院を出ると日没が近く、夕日のオレンジが辺りを包んでいた。
家に帰ったら真っ先に先生へ報告しよう。
そう思うと足取りが軽くなった。
【これにて『熊谷家の人々』は終わりです。ありがとうございました。次からは島田について書く予定です。島田については、本編とは別に用意していることがあります。すごく素敵なことで、ワクワクしております♡
準備が整いましたらお伝えしますね。楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。】
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