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素晴らしき日常9にしおりをはさみました!
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素晴らしき日常9
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(葵語り)
その日は、夕方に島田と駅前で待ち合わせをした。服装を気にしていたら先生に鼻で笑われたので、いつものラフな感じで行くことにする。お気に入りの青いマフラーも巻いた。
夕焼けが駅のロータリーを温かく照らしている。軽く御飯を食べて、会場となるクラブハウスへ向かった。早く着いたらしく、地下へ向かう入り口へは行列が出来ていた。
驚いたのが、客層は自分達みたいな学生は少なく、サラリーマンや歳上の男性が多数だったことだ。実年齢より若く見られることが多い俺たちは完全に浮いている。
予想していた通り受付で身分証の提示を求められたが、難なくクリアし、カウンターで飲み物をチケットと交換して席に着いた。ザルの島田は黒ビールをぐびぐび飲んでいる。俺は普通にコーラにした。
1番前へ座りたいって島田が言うから従ったけど、ステージは段差がある訳でもなく、手を伸ばせば届きそうな近さにビックリした。
「なんか緊張してきた……雅さんに会えるんだよ。何て話そうか。僕に気付いてくれるといいんだけど。思い切って声掛けちゃおうかな。」
島田が上気した顔で言った。俺も緊張してるが、島田の方が落ち着かないだろう。何て言葉を掛けようか迷っていると、俺の左隣からひょっこりと顔を出したおじさんが、嗜めるように口を開いたのだ。
歳はたぶん……先生よりも結構上だから、40歳は越えてると思われる。
今時いるのだろうか、きっちり七三分けにした髪に、背筋の伸びた姿勢、フレーム無しの眼鏡の目がキラリと光ったように見えた。
「失礼……今の会話を聞かせてもらったけども、ショーの最中は絶対に姫へ話しかけてはいけないよ。口は開いちゃいけない。姫に失礼だ。もっとも緊縛師の東雲氏にも失礼だからね。そんなことも知らないでやってきたのかい。甚だ不愉快だよ。若人たち。だから若いのは嫌いなんだよ。マナー違反は帰ってよし。」
「あ、す、すみません……こういうイベントが初めてで、よく分からなくて。不快にさせたなら謝ります。」
こういう時、誰とでも会話ができる島田を尊敬する。素直に頭を下げて謝罪した。
「初めてなら仕方ないかもしれない。とにかく、私語は厳禁。話しかけるなんてもってのほかだ。今日は比較的優しい緊縛だから、初心者向きでもあるかな。最近の姫はメディアに出だして本職が疎かになるかと思いきや、益々艶っぽくなって僕たち下僕を見下すんだ。堪らないよ。君たちも姫目当てだろう?」
さっきから連呼している『姫』って雅さんのことだろうか。ひょっとして、この人が……
「もしかして、轟さんですか?あの、ブログ見ました。凄いなって感心しました。な?島田。」
「やっぱり葵君も?僕も轟さんじゃないかなって思ったんだ。本物だぁ。」
急にテンションが上がった俺たちを見て、轟
さんが座ったまま跳ねた。
「ああ……僕のブログの読者さんか。なんか照れるな……姫への愛が溢れすぎてどうしようもなくなって、ブログを立ち上げたんだ。細々とやっていたつもりなのに、このごろアクセスが増えてね……良かったらこれでも見る?撮影会の写真なんだけど……言っとくけど相当レアだからね。」
轟さんが重そうな皮の鞄からアルバムを数冊出して見せてくれた。そのために買った一眼レフカメラで撮った写真は、笑っている雅さんのオフショットも入っており、とにかく好きなことが伝わってくる愛に溢れた写真達だった。憧れだけではここまで到達できない領域だ。
「これって縛る人によって分かれてますけど、そんなに違うものなんですか?みんな同じに見えますけど……」
俺がボソッと言った一言を轟さんが聞き逃す筈は無く、弾丸のような言葉が降ってきた。
ひぇぇぇ……地雷がよく分からない。
「今、何て言ったのかな?だから素人は困るんだよ。緊縛は芸術だ。絵画と同様で、同じモデルを何十人が描いても、1つ1つ違う。緊縛も誰1人として同じ作品はない。今日は姫の父上である東雲氏がパフォーマンスをやるのだが、彼の縄は包み込むんだ。結び目の強さが場所によって違うから、常に身体は緊張する。その時の姫の表情が素晴らしいんだよ。分かるかい?この恍惚とした顔を。」
今度は『Secret Love』という題名の写真集を出してきて、熱く説明をし始めた。この人は一体何キロの鞄を持ち歩いているのだろうか。まくし立て上げられて半分涙目になっていた俺を、島田が頭を撫でて宥めてくれた。怒られてるのか、叱られてるのか全く分からない。とにかく怖い。
もう轟さんから解放されたいなと思っていた矢先に、急に室内の照明が落とされる。
助かった……
ステージにある一脚の椅子だけに、スポットライトが当たった。
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