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排水口に詰まったドロップ・ハッカ味にしおりをはさみました!
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排水口に詰まったドロップ・ハッカ味
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冷たい雨は二人めがけて突き刺さる矢のようであった。暑い日差しはレーザービームのよう、真っ白い雪は彼らを冷凍庫に閉じ込めた。大部分の大人に見放された彼らは天をも味方につけることは叶わなかった。だからこそと言っていいのだろうか。二人の間には言葉を以て、表現することが憚れるほどの強いきずなで結ばれていた。
段ボールを敷いただけの小さな居住区。それは、廃ビルと廃ビルが生み出す、僅かな隙間にあった。
ハルは大きな体躯を窮屈そうに折り曲げ、膝を抱えてうつらうつらと夢を見る。シャワーを浴びたばかりの体は、寒風に晒されて切り裂けそうだ。下腹部がずくずくと痛みを訴える。
夢が現実を突っついた。
真っ赤な炎とどす黒い煙が少女を包む。死の恐怖に泣き叫ぶその顔には、絶望の二文字が張り付けられていた。お兄ちゃん。熱風に晒された喉で必死に叫ぶ少女。舌足らずに童謡を歌っていた、かつての鈴のような声ではない。
「ヒナタ」
目の前で繰り広げられる地獄のような光景に、ハルはただ息をのむばかりであった。熱風が体をさらう。このままでは、自分も……
気が付けば野次馬がどよめく自宅を背中にして、ただひたすらに走り続けていた。赤い空がまるで自分を追いかけてくるような、そんな気がした。あんなに熱かったのに、あんなに赤かったのに、走れば走るほど、逃げれば逃げるほど冷汗が止まらない。目の前が真っ暗になる。ハルは、いつまでも鼻孔に燻る煙の臭いと、いつまでも鼓膜に響く、炎の音、妹の叫び声を振り切るように、走り続けた。やめてくれ、消えてくれよ。
「ああ……あ……!」
赤い空は彼方。それでも煙はまだ自分を追いかけてくるような気がして……少しでも足を止めれば、ほら。
(煙が僕の足をつかんでくるんだ!)
後に知ったことだが、この火事は犯人不明の放火が原因として迷宮入りしたらしい。
犯人はここだ。俺が火をつけた。あの親を葬らんがために。
誰か捕まえろ。
風がハルを糾弾した。捕まえるも何も、もうこの裏路地から逃げ出せられないというのに。
夢は現実に迫る。
どうしてこうなったんだろう。ハルは、先ほどから止まることのない涙で、地面に水たまりを作っていた。「痛い。」何度も言ったのに、何度も逃げたのに、彼は僕を放してくれない。骨が軋んだ音をたててしまいそうなほどに、捕まれた両手首。そこは、あの日のように熱く、ハルを現状よりも深い恐怖に突き落とした。精通を迎えて早い精器を咥えられ、ねっとりとした舌の動きに腰が揺れる。理性が快楽を制御できるならば、どれほどよかったであろう。吐きそうなほどに気持ちが悪いのに、体中は桃色に染められて、しっとりと汗ばむ顔は、気持ちがいいと訴えんばかりに解れていた。ハルに覆いかぶさる見知らぬ男は、そんなハルにすっかり気をよくして、何度も何度も彼のまたぐらに顔を押し付けては、痴態を晒す。
血の匂いと、最近覚えた青臭い寝起きの匂い。男が消えた真っ暗な裏路地は絶望に塗つぶされていた。
「こんなこと!こんなこと!」
ハルは、突っ伏して泣いた。裂けた後膣がひりひりと痛む。コンテナーにすがって上体を起こせば、言うに言われぬ感覚が彼を襲った。自らの意思とは関係なしに、太ももを伝い落ちるどろっとしたもの。そこに手をやれば、血混じりの白濁色の液体がべっとりと絡みついていた。誰の精液かなど、言わずと知れていた。慰み者にされた屈辱は、悲しみは、彼が人並みの幸せを得ることの諦めへと導く。たかが一人の男の奇行が、たった一人の少年に闇を与えたのだ。
空は見えない。赤い空さえももう。あの時の煙は今日の砂埃が吹き飛ばして、妹の叫びを自らの悲鳴でかき消した。火はハルの体を焼いた。自分で放った火。不埒な親を葬るために、妹と明るい未来を奪取するために、放った火。結局、ハルは自らの手で幼気な少年の人生を荼毘に付してしまったのである。
ひどい耳鳴りがする。ハルは、傍らで眠るマナビを抱き寄せた。自分が死んだ路地はすぐそこにあった。盛大なる自らの火葬が行われたあの場所のさらに奥……目の前には、ステンレス製の裏ドアがある。ハルは、あの日以来この場所で静かに潜伏していた。ときたまふらりと金持ちの男をひっかけては、幾らかの金をむしり取り、そしてまた件の場所に戻ってくる。まるで、あの強姦事件に追い詰められるように身を竦めて、湿気たパンをかじる。ハルに言わせてみれば、これは戒めだ。親と最愛の妹、そして自らを焼いた自分が背けてはならない事実。僅かに日の光が届く、路地の入地を見ればいつだって喉が熱くなる。まるで、火にまかれたように。
マナビがぎゅうっと抱きついてきた。ハルは、その温かさに困惑しつつも、寝息を合わせて意識を手放す。
マナビはこのことを知らない。
夢が現実へと追いついた。
「ねえ、どうしたのよ。こちらにおいでなさい。」
あれからどれほど経ったのだろう。一人の女と目が合った。女にしては至極体格がよかったが、ナリは女そのものだ。ハルは、泣き叫びガラガラに掠れた声で「ここどこ?」と聞いた。女は
「大人の街よ」
とだけ答えて、ハルを抱きかかえる。未熟とはいえ、10を4つも超えた男の体をやすやすと抱きかかえる彼女は、ただものではないだろう。ここにおいて、ハルがかき集めた衣服ははらりと地に落ち、ことの顛末が明らかになった。女性は
「おいたわしや」
芝居かかった口調で、ハルを裏路地につながるさびれたドアノブの向こうへと連れて行った。
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