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罅(ひび)8にしおりをはさみました!
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罅(ひび)8
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早く、離さないと。
早く、離したい。
寄りかかりたくない。
頼りたくもない、会長(このひと)にだけは。絶対に。
呼吸がさっきより、楽になった気がして
ずっと掴み続けていた会長(めのまえのひと)のワイシャツから手を離そうと指先の力を緩める。だけど、俺の手についていた赤色が白いワイシャツに赤い染みを作っていたのに気づき、その手を離すことが出来なかった。
会長(このひと)が怖いから離したい。
なのに、赤いソレのせいでそれができない。
雨の冷たさのせいじゃなくて、指先が震えている。こんなの何でもないのに。何でいつも、いつも______。
「………怖くない。大丈夫だから。」
そうやって、何も出来ずにいたら
子供を嗜めるように告げられた声は、ぎこちなくて、でも、今まで聞いたことないほど優しかった。けれど、その途端に、ズキリ、ズキリと刺すようで重い頭痛に苛まれた。
テレビをつけるみたいに頭の中に突然現れる映像が、ぼやけて見える絵に、青い色彩をつけていく。
この痛みに耐えきれなくて、思いっきり手を突っ張って会長(このひと)の胸を押し返す。あの赤色が視界に入らないようにと、目線を別の場所へと向けようとするけれど、真っ先にワイシャツにべっとりとついた赤色が視界の端に入ってくる。また、呼吸がおかしくなるその前に、今すぐに、ここからいなくならなければと、直感的にそう感じた。
近くに落ちていた赤いジャージだけを引っ掴んで
勢いよく立ち上がろうとした所で、腕に反対の力がかかり立ち上がることもできずに雨で濡れた地べたに座り込む形で引き戻される。
「どこに行くつもりだ。」
「っ、離して、くださ_____ぃ。」
さらに、酷くなる頭の中に響くような痛みとその反対に収まりつつある僅かな息苦しさを感じながら、大きく息をしながら答える。
「やっと見つけたのに、離すとでも思ってるのか。お前は…………新歓の時の生徒だろ。」
「ちが、」
なんとなく気づかれていると思いながら
でも、もしかしたらとも思っていた。
「そんなに俺から逃げたいのか。」
そんなの当然だ。
俺が白鬼と同一人物なんて会長(このひと)が知れば、学園中に知れ渡る。目立たないように過ごすとこの学園に入る前に父さんと約束した。それに………もし、天宮の別邸で会った人がこの学園にいたなら天宮にいたのが俺だと勘づかれる可能性が高くなって、終わりが確実に近づく。
無理やりにでも掴まれている腕を引き剥がそうとしていたら、もう片方の腕も掴まれて強引に会長の方へと向かされる。掴んでいた赤いジャージが地面へと落ちる。
「何で_____逃げたいんだ。」
「そんなの、」
考えなくてもこんなことをする人から
逃れたいと思うのは当たり前だ。
なのに、感情の色が映らないはずのその瞳が、昨日見た怒りでもなく、別の色を瞳にのせていることに言葉を詰まらせる。
「なぁ、何で。」
それを言葉で表現するなら_____〝悲しい〟_____だろうか。
そんな感情が見えたことに動揺して、視線を逸らせば、視界の端に僅かに青く色をつけた花が映り込む。
「お前は、何でいつもずっとそうやって、______。」
突如。
会長の言葉を掻き消す、強い耳鳴りが鳴り響いた。
それと同時に、また、あの旧校舎の時と同じように、世界から音が消えた。さっきまで、地面を打っていた雨の音も自分の呼吸をする音すら、何一つとして聞こえなくなってしまった。
でも、会長(このひと)の言っていることが分からなかったのは、突然にして、会長が俺の両手首を離して、頭を抱えて蹲ったから。
また、音が消えたことに動揺した。けれど、立ち去るのなら今しかないと思って、地面に落ちた赤いジャージと紙袋を掴み、未だに頭を押さえている人から背を向けた。
『クロユリ』
土砂降りの雨の中で呟かれたその声が届くことはなかった。
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