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目覚めて最初に思ったのは、首が痒い、ということだった。白い天井が見えて、自分のいるところが病室だとすぐにわかった。それから首に触れてみて、ベリーショートだったはずの髪が肩の辺りまで伸びていたことに驚いた。
声を出すまでに、少し時間がかかった。喉が渇いて、舌が上顎に張り付いてしまったようだった。
ベッドから上半身を起こし、ぼんやりと窓の外を眺めたら、そこに満開の桜があった。ナースコールがあるはずだ。枕元を探り、それを押して、全身の毛が粟立った。
「幸樹……幸樹は?」辺りを見回すが、個室らしく、他に誰もいない。ふらつく足でベッドから下りようとしたら、看護婦が病室に入ってきた。
「小林さん!? まだ動かないでください!」慌てた素振りで走ってきた。ベッドの中に押し戻される。
「あの、幸樹は? ええと、俺と一緒に事故に遭ったはずの―」
「先生を呼びますから。話はその後にしましょう」入ってきた時と同じように、忙しなく病室を出てゆく。
呆然としながら圭吾は、状況を整理しようと考えた。窓の外の桜、季節は春に違いない。そして、髪の伸び具合からして、一年ほどが経過しているのだろう。その間、自分はずっと意識を失っていたのだろうか。幸樹は無事でいるのか。もしかして―
「死んだ、なんてことは?」呟き、ぞっとした。愛する人が知らぬ間に亡くなっていたとすれば……。
まず、手が震えた。それは全身に広がってゆき、喉の奥、腹の底から悲鳴が飛び出した。
「違う。違う、そんなはずがない。そんなわけがない。俺たちはずっと一緒にいるはずだ。一緒に……養子縁組して、同棲して、鍋……ああ、そうだ。プレゼント」圭吾はがちがちと歯を鳴らす。「プレゼントがあるって……枕元、行かないと。取りに行かないと」
立ち上がろうとして、左足に違和感を覚えた。思うように力が入らない。
「な、に? 俺の、足が……」戸惑うものの、今は自分の身体より幸樹のことが気がかりだった。片足を引きずりながらドアに向かうと、ちょうど入ってきた医師とぶつかった。
「小林さん、ベッドに戻りましょうね」看護婦と医師、ふたりがかりでベッドに戻される。「すぐに親御さんが来ますから」看護婦が言った。
何がなんだかわからぬまま、様々な検査を受ける。その間も幸樹のことを尋ねるが、それに対する返事をしてくれる者はいなかった。
検査が終わり、病室に戻ると両親がいた。ふたりとも目に涙を浮かべている。
「ああ、よかった。ずっと目を覚まさなかったのよ! 一年と三ヶ月くらい……もう駄目かと思ったじゃあないの!」母に強く抱きしめられる。
「髪、切らないとな。本当に……目覚めてくれてよかった」父から頭を撫でられた。
「俺と一緒にいた、藤田幸樹は? 彼はどうなった? 無事でいるんだよな?」すぐさま尋ねれば、ふたりは優しい笑みを浮かべて頷いた。
「無事よ。彼の方が危なかったというのに、あんたの方がこんなに長く目覚めないなんて」母は続ける。「彼、結婚もしてね。お子さんも―確か、四ヶ月前くらいかしら。生まれたの。一緒に事故に遭ったあんたのこと、すごく心配していたんだから」
圭吾は唾を飲み込んだ。喉が渇いて仕方がなかった。
「け、っこん? 誰、が?」自分の声だとはとても思えなかった。
「親しくしていた友人の結婚だ。驚くよな。ほら、ベッドに座りなさい」父から言われ、そこにすとん、と腰を下ろす。
「圭吾が目を覚ましたって、伝えなくちゃね」母は言うと、病室を出ていった。その足音が、やけに耳に響く。
まさか、そんなわけはないだろうと、圭吾は感じるすべてを疑った。これは夢ではないだろうか。夢でなかったとしても、きっと、両親は何か誤解をしているのだろうと思った。窓の外の桜がとにかく目障りだった。病室の明るさも、その白さも、話しかけてくる父の声も、すべてを遮断したかった。
「呼んでくれ。幸樹を、今すぐ、ここに」やっとのことで声を出す。
五年、付き合ってきた。別れは考えたこともなかった。どんな障害があっても、ふたりで乗り越えてゆくつもりだった。繋いだ手の温もりが、自分の中にまだ残っている。
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