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運命の相手8にしおりをはさみました!
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運命の相手8
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溜まっていた愚痴を言い切ったのか、アキもゆっくりと水割りの焼酎を飲み始める。本日何本目になるか分からない煙草へ火をつけると、その煙もゆっくりと吐き出した。そんな横顔を眺めていると、彼は「なんだよ」と不貞腐れた目を向けてくる。愚痴を言い切ったというのもあるだろうが、どうやら頭髪のことで少し弄りすぎてしまったらしい。大人しくはなったが、まだしっかりと酔っていることがその双眸の潤みで分かる。
「何でもないですよ」と返すか、それとも「まだ全然心配しなくていいですよ」と慰めるか。どちらにしようと思案していると、いきなり後ろから男が割って入ることによって明典の視界から不貞腐れた顔のアキが消えた。カウンターを通りすぎた先にトイレがあるため、千鳥足になった酔っ払いが体勢を崩したのかと思ったが、「アキじゃん」という軽い口調が聞こえてくる。それに対し、「トモヤじゃん!何してんだ?」と消えたアキが驚いた声を出したため、間に入った男は面識のある相手だと分かった。明典からは間に入った男の背中しか見えなかったが、明るい髪色で大学生くらいかと推測する。
「友達と飲んでるんだよ。そっちは?」
「あぁ、俺は後輩と飲み」
アキが示したのか、男は身体を反らして後ろの明典を見た。こちらに向かって指をさすアキと、トモヤと呼ばれた男の顔が見える。予想通り、トモヤは20代前半に見える男だった。ついでに小綺麗な顔立ちをしている。
目が合ったため、明典は「どうも」と軽く会釈したが、トモヤはまるで品定めをするような目でじっと明典の顔を見るだけだった。そして何を思ったのか、ふんっと鼻で笑う。明らかに人を小馬鹿にした態度が明典をムッとさせたが、文句を言う前にトモヤがアキの方へ向き直ってしまったため、口を開くことはしなかった。親しそうにアキの肩へトモヤは手を置く。
「アキ。この後予定ないんだったらどっかで飲もうよ」
「馬っ鹿、俺は忙しい男なんだよ」
「明日休みだろ?いいじゃん、ちょっとぐらい」
「大人は飲み過ぎないもんなの。お前だって友達と来てんだろ?」
「じゃあ明日。明日は?」
聞くつもりはなくても、こうも近くで会話をされると嫌でも耳に入ってくる。明典はお冷やを飲みながら、然り気無くアキの手元にある煙草とジッポへ手を伸ばした。近くの物が無くなったというのに、アキはそれに気が付かない。それほどトモヤの会話に集中しているのかと、勝手に貰った煙草にこれまた勝手に借りたジッポで火をつけた明典は、また然り気無くそれを元の位置へ戻すついでにアキの顔を見た。
会話を聞いてる分では適当にあしらっているように思えたが、トモヤを見上げながら優しく微笑むアキの顔はそんな風に見えない。むしろ、この偶然の出会いに喜んでいるようにさえ思える。意外だな。明典は少しばかり目を見張った。彼のこんな顔は、初めて見る気がする。そんなアキは明典の視線に気が付いたのか、ちらりと明典の方を見た。
「……分かった分かった。じゃあ明日な?」
「マジで!?嘘じゃない?」
「嘘ついても仕方ねぇだろ。ほら、もう友達のとこ戻れよ」
「絶対だから!連絡してよ」
「お前からしろよ。酔ってるし、忘れるかもしんねぇから」
アキのからかいに対してトモヤは大袈裟に「えーっ!!」と反応をとったが、明日の約束を取り付けることが出来たからか、アキに促される通りもと居たテーブル席へ帰っていった。そのたった数歩の道のりでさえも、わざわざ振り返って「絶対だから!」と念を押す。そんな彼へ軽く手を振るアキの姿は、もう何に邪魔されることもなく視界へ入ってきた。
一段落して明典の方へ向いたアキは、明典が煙草を吸っていることは咎めずに、「バーで会ったんだ。大学生なんだと」と聞いてもいないトモヤの情報を寄越す。仄かににやつきながら。
「可愛いよなー、学生って」
「そうですか?感じ悪かったですけど」紫煙を燻らせながら、率直な感想を返す。
「若いからって僻むなよ」
「僻むほど歳とってないですよ」
アキさんと違って、と付け加えたが、受信したばかりのメッセージへと意識を向けていた彼の耳には届かなかったらしい。また彼の顔がにやけたため、おそらくメッセージの送り主は先程のトモヤだろう。これは重症だと、昭典は溜め息を誤魔化すために煙草の煙を一緒に吐き出す。『バイだって噂もあったみたいだぞ』と村田は言っていたが、あながち本当なのかもしれない。自分には全く関係ないが。
会話も止まり、話す内容も無くなったため、そろそろお開きにしようと明典が提案すると、それをアキはすんなりと受け入れた。酔っているにしてはしっかりとした足取りでレジまで進むアキの後ろをついて行くと、テーブル席に戻ったトモヤがすかさず彼の名前を呼んだ。明典は再度トモヤの顔を見た。男だとこういう顔立ちが好きなんだなと、手を振って答えるアキの後ろで思う。テーブル席に座るトモヤの隣には派手な化粧と服装をした女がいた。しかし、他の友人は彼や彼女ほど派手ではなく、大人しそうな見た目をしていたため、明典は首を傾げる。変な組み合わせだ。研究室の飲み会なんだろうか。そんなことを考えている間に、全ての料金はアキのカードによって支払われていた。すかさず財布を出して料金の半分を渡そうとしたが、アキは「いいよ」と言って店の引き戸を開けた。
店の外に出ると、むわっとした湿気の多い空気にさらされる。まだ本格的な夏は始まっていないというのにこの蒸し暑さは先が思いやられてしまう。同じことを考えているかは分からないが、アキは「あっちーなぁ」と明典が口にしなかったことを言った。胸元のシャツをパタパタと明け閉めする。
「タクシー拾いますか?」
「んー……や、いいわ。もう一軒行くぞ」
「え」
大きく伸びをしたアキが上機嫌な声で言いはなった言葉に昭典は固まった。
「俺、明日仕事なんですけど」
「関係ない関係ない。おら、行くぞー」
「アキさんだけで行ってください。俺帰り……」
「メイテン」
潤みきっていた目には目力が戻っていた。「先輩命令」と格好つけて言うアキに、昭典の拒否権はない。
日付が変わり、祝日へ入ったばかりの今、昭典はどうしてあの時──アキが二軒目へ行くと言い出した時──断固拒否して帰らなかったのかと激しく後悔していた。あの時彼を置いてでも帰っていれば、今こうして片腕を担がなければ歩けない程のアキの面倒を見なくてもすんだというのに。
無駄なほど身長があるということと、酔っ払うまで飲まない性格のせいで、これまで酔っ払いに肩を貸すことや付き添って面倒を見る機会は多かった。もう慣れてしまったことであるため、介助自体にはそれほど面倒だとは思わないが、こういう時、何が腹立つかといえば、介助されなければ歩けないほど酔っている奴ほど「酔ってない!」と大きな声を出して抵抗してくることだ。今まさに、アキが、そんな男に成り下がっている。
今まで何度か彼と飲んできたが、ここまで泥酔した所を見たのは初めてだ。居酒屋でも十分に飲んでいたというのに、次に行ったバーでもまるで水のようにカクテルを飲み干していっていたのだから、当然といえば当然である。「しっかり歩いてください」と声をかけながら、逃げる彼の身体を支えるために腰へ手を回した時、明典は一瞬その腰の細さにドキッとした。いやいや、これはアキだと頭を振る。
このまま置いて帰ってやろうかとも思うのだが、奢って貰った手前、そういうことも出来ない。随時溜め息をつきながら、ガス抜きをしていく。
「だっから、一人で歩けるって!」
「はいはい。酔っ払いは黙っててください」
「メーイテーン!」
「煩いですよ耳元で。近所迷惑です。ほら、鍵出して。オートロック解除してください」
まだ飲みたりないと騒ぐアキをバーから引っ張り出してタクシーに乗ったが、彼が運転手に告げた場所は彼の住むアパートではなく、近くのコンビニだった。煙草でも買うのか。そう思いながらふらっふらの足取りでコンビニの中へ入っていく彼の後ろをついて行くと、彼が真っ直ぐ進んで行ったのはレジではなくアルコール類が並ぶ飲み物コーナーだった。そこから2本、500mlのビールを取ったアキに、まだ飲む気なのかと呆れ返ったのはいうまでもない。そこで買ったビールが入ったコンビニ袋は、鍵を出すために鞄を漁っているアキの腕にぶら下がり、その捜索を邪魔していた。すかさず明典は彼の腕からビニール袋を取り上げる。
「じゃーん」という言葉と共にアキは満面の笑みで見つけ出したキーケースを明典の顔の前にぶら下げる。「はいはい、良かったですね。はい、早く差してドア開けてください」と相手にしない明典に、「ノリ悪ぃなぁ、お前」とぶつくさ言いながら、アキは漸くオートロックを解除した。「その鍵、仕舞わずに持ってて下さいよ」と言って、再びアキの片腕を担ぐと、階段を登っていく。ここで再び、悲劇が起きた。
「あ」
「…………嘘だろ」
吹き抜けとなっている踊り場に差し掛かった際、体勢を崩したアキが手を振り上げたため、その手のキーケースが落ちたのだ。外に。
「……何やってんですか、本当に」
「あーあ、落ちた。メイテン取ってこい」
「言われなくても行きますよ。あんたちゃんとそこの手すり持っててくださいよ」
「はーい。いってらっさーい」
脚が悪い住人でもいるのか、踊り場には手すりが付けられていた。そこへしっかりとアキの手を握らせてから、明典は急いで階段を駆け降りる。先程通ったばかりのオートロックのドアを抜け、アキの落としたキーケースを拾うと真上から「うわっ!」という声が降ってきた。今度は何だと戻ってみれば、手すりを持たせてあったはずのアキが見事にしりもちをついている。
「…………何やってんですか、あんた」
「はははっ、転けた」
「見りゃ分かります。転けたじゃないですよ、全く。何やってんですか」
「メイテーン。立たせてー」
大きな溜め息をついてから、アキの腕を引っ張って立たせる。なんとか階段を登りきり、どこの部屋なのかを尋ねると、アキは一番向こう側にある角部屋を指さした。7つはある部屋の突き当たりだ。一人で歩けばすぐだが、酔っ払いを連れているとなると思うように進めない。おまけに3つ目のドアを過ぎた辺りで酔っ払いが「トイレ」と騒ぎ出した。もうここで済まさせて早朝にでも洗わせるかと過ったが、酒の入った彼が朝早く目を覚ますとは考えられず、それ以上に大の大人が用をたした通路を利用しなければならない他の住人に申し訳ないため、何とか我慢してアキを部屋のドアまで引っ張っていく。しかしまたここで、すんなり部屋へは入れない状況が待っていた。
「早く!はーやーくっ」
「煩いですよっ。あんた何で似たような鍵3つも付けてるんですかっ。しかも二重ロックだしっ」
「はーやーくーっ!漏れる!」
「もう勝手に漏らせばいいんじゃないですかっ!?」
ただ後ろで騒ぐアキにとうとう声も大きくなりつつ、明典はオートロックを解除する時に使った鍵の記憶を手繰り寄せる。確か一番左についてた鍵で開いたような。もうこの際一か八かだ。選んだ鍵を鍵穴に突っ込むと、それはするりと中へ入った。回すと、鍵が外れた音がする。
神様は見放してなんかいなかった。もう一つの鍵も同じ物で開けることが出来た。ドアを開くと、後ろで騒いでいただけのアキが中へ駆け込んで行く。慌てて革靴を脱ぎ捨て、鞄を置いてバタバタとトイレへ消えて行った。明典は漸く落ち着くことが出来る。
もうこのまま帰りたかったが、アキから取り上げたコンビニ袋をリビングへ持っていくために、明典も靴を脱いで部屋へ上がった。ドアを開けると、意外にもワンルームしかない。一番左側にベッド、右側にテレビ、その間にローテーブルがある、シンプルな部屋だ。そのローテーブルへコンビニ袋を置いた。
「……アキさん。俺帰りますから」
アキが入っていったトイレの前で声を掛ける。えらく静かだが大丈夫かと過った所で、彼から待てがかかった。まさかまだ飲むのに付き合わせる気なんじゃないか。アキの買った2本の缶ビールが頭に過る。
何事もなくトイレから出てきたアキは、手を洗いながら「スマホ鳴らして」と言ってきた。鍵を探すために鞄を漁った際、スマートフォンが見当たらなかったらしい。おいおい、ここに来てまた店へ戻らなければならないのか。げんなりしながらアキのスマートフォンへ電話を掛けたが、案外すんなりと彼のスマートフォンは見つかった。鞄の中から着信音が流れる。
「おー、あったあった」
「良かったですね。それじゃあ俺は帰ります」
「下まで送るわ」
「いいです。結構です。あんたまたさっきのやり直すつもりですか」
「もう出したから酔ってねぇよ」
そんなことを言いながら、目の前でアキは転けた。フローリングが酷い音を立てる。酔いすぎると脚をとられるタイプなのだと、ここにきて初めて知った。当の本人は毎度のことなのか、「痛ぇー」と言いながらもヘラヘラと笑っている。
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