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酒に酔っても食われるな1にしおりをはさみました!
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酒に酔っても食われるな1
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これは二日酔いではない。ただの寝不足だ。しかし、思うように思考が纏まらない明典は、いつも以上に口数少なく仕事へ向き合っていた。誰かと会話してしまえば、この集中力が一気に崩れてしまうのが分かっていたからだ。隣の席の同僚が「寝不足?」と尋ねてきたため、それに頷くだけで答える。一言二言からかってくるかと思ったが、明典の放つピリピリとした空気を察したのか、何も言わずに自分のデスクへ戻っていった。
「宮家。今日は一段と仕事頑張ってるけど、一段と顔が怖いね。どうした?」
丸い眼鏡を掛け、長い黒髪を全て後ろに縛っている細身の女性が、自ら淹れたのだろうブラックコーヒーの入ったマグカップを明典のデスクへ置く。部長の川嶋だ。空気の違う社員がいると、彼女はこうして直々に様子を尋ねてくるのだ。明典がコーヒーの礼を言っていうと、隣のデスクで仕事をしている同僚が「川嶋さーん。俺の分も淹れてくださいよー」と馴れ馴れしく軽口を叩いたが、それは彼女の細められた冷たい目によって制される。
「ただの寝不足です」
「やっぱり。あんた睡眠取れないと本当駄目だね」
「……早く寝るよう心掛けてはいるんですけどね。上手くいかない日もあります」
「悩み事?」
「いや。そんなんじゃなく」
キーボードから手をどけ、作業を一旦中止する。後ろの川嶋の方を向けば、彼女もコーヒーの入ったマグカップを持っていた。化粧っけのない顔が、明典の顔をまじまじと見てくる。
貰ったコーヒーにゆっくりと口をつけると、独特の苦味が入り交じって、口内に広がった。飲み込むと、苦味に混じって酸味が残る。ほんの少しだけ、眠気が飛んでいったような気がしたが、相変わらず視界にうつる物には薄い一枚のベールを隔てているような感覚は抜けない。欠伸を噛み殺す。
「まぁ、ほどほどにね」と、川嶋は明典に一枚の紙を渡してきた。その書類のポップな字体とカラーリングに、仕事の書類ではないことが分かる。
「……何ですか、これ」
「夏の慰安旅行の日程。っていっても、海で泳いだりバーベキューしたりするぐらいだけど」
「あぁ、今年も行くんですね。川嶋さんの別荘」
「こんな時ほど使ってやらないとね、あのボロ家も」川嶋は肩を竦める。「去年来なかった宮家は強制参加だから」
「空けときますよ」
「よろしい。今年は満子も何人か声掛けるみたいだから、いつもより多いかも」
ヒラヒラと手を振りながら、コーヒーと共に川嶋は自分のデスクへ戻っていった。ミツコ?聞き慣れない名前が出たせいで、明典とその隣の同僚は川嶋へ視線を送る。
「ミツコって誰ですか?」
「営業部の山本よ。山本満子」
「マジですか!?」
山本の名前に反応を示したのは隣の同僚だった。彼は彼女に目がないのだ。彼女が慰安旅行に来るというだけで歓喜する。その隣で、明典は再びパソコンに視線を戻すと、止めていた作業を再開させた。
そうか。山本は満子という名前なのか。川嶋と山本の仲が良いというのは知っていたが、名字さえ知っていれば何の問題もない場所で下の名前も知っているのだから、相当親しいのだろう。そうか、あの人も来るのか。昨日服装のことで注意をしてきた山本の顔を思い浮かべると、それに続いて佐々木のことが思い出された。
ちらりと明典は佐々木を見る。彼は明典の視線に気付くことなく、自らの仕事に勢を出していた。そのデスクには、川嶋から貰った紙と同じ物が置いてある。佐々木も来るのだろうか。そういえば、佐々木の下の名前は何だっただろうか。集中力が途切れてきたのを感じ、明典は川嶋がくれたコーヒーを飲んだ。
そんな一日を何とかミスなく終えれば、明典は帰りつくなりシャワーを浴び、途中のコンビニで買った弁当を胃におさめると、さっさとベッドへ入った。あまり睡眠の取れていない日を二日過ごしたせいか、睡魔はすぐに襲ってくる。祝日の今日は休みではなかったが、明日は世間と同じく休日だ。何の予定はない。思う存分、昼まで睡眠を貪ろうと決め、目覚まし時計は掛けなかった。
しかし次の日、目が覚めたのは予定していた午後ではなく、午前中だった。普段起きる時刻よりも2時間は遅い目覚めだったが、その目覚め方のせいで明典の眉間には深い皺が出来る。
起こされたのだ。アキの着信によって。
寝起きであることと、起こされたことによる不機嫌さのせいで、自分でも驚くほど低い声が出たが、電話先の彼は全く怯むことなく今から家に来るよう言って電話を切った。通話の切れたスマートフォンを眺めながら、まだ回転の鈍い思考でなんて勝手な人だろうと明典は思う。行けるか行けないかも答える前に切られてしまっては、行くという選択肢しかなくなるというのに。
怠い身体を起こして、明典は服を着替えた。顔を洗い、歯を磨いていると、昨日早い時間に寝たおかげもあって、段々と目が覚めてくる。そこで、はたと気が付いた。アキの家にはどうやって行くのだろう。一昨日はスマートフォンを使って何とか自分の家まで辿り着いたが、 暗い夜道だったため、どこを通ったのかあまり覚えていない。
行かないという選択肢も一瞬頭に過ったが、これで行かなかったら後が怖そうだ。仕方がない。アキへメッセージを送る。すぐに来ると思っていた返信はなかなか戻ってこない。
数分が経ち、漸く戻ってきたメッセージには、家の住所しか書かれていなかった。一体どうしたというのだろう。こんな風に、陽の高い時間から彼に呼び出されるのは初めてだ。飲みには行っても、遊びに行くような関係ではない。
行けば分かるか。明典は言われた通り彼の家へ出向くことにした。
あのオートロックの前でアキの部屋番号に連絡を入れたが、アキは出なかった。居ないのか?明典は首を傾げる。
仕方がなく他の部屋番号に連絡すると、寝起きのような声が出た。アキの部屋番号を聞くなり、その住人の声はどんどん不機嫌になっていく。事情を説明すると、やはり不信がられたが、納得はしてもらえたらしい。そして、『あんた、あの部屋の人の友人なら、夜中は静かにしてくれって言ってくんない?』と苦情の伝言を頼まれた。身に覚えがあることだったため、明典が代わりに謝罪する。しかし、既に通話は切れていた。同時にロックは解除される。
インターホンを押しても、やはり返答はない。コンビニにでも出掛けたんだろうか。早く来いとでもいうような電話をしといて、何なのだろう。入れ違いになった可能性も考えられたが、一応ドアノブを捻って引いてみる。
すると、ドアはすんなりと開いた。一昨日、あんなに大騒ぎして開けた部屋の二重ロックはどちらとも鍵がかけられていない。
何か、奇妙だ。明典はすぐに部屋へ上がると、迷わずリビングのドアを開けた。
「…………メイテンか?」勝手に家へ入ってきたのが明典だと分かると、アキは声を震わせた。「お前……、来るの遅ぇんだよっ!」
来て早々、怒鳴られる。しかし、その光景のせいで、明典は言い返す言葉を失った。
彼は部屋に居た。
そして何故、オートロックを解除出来なかったのかも、インターホンに出られなかったかも、そして二重ロックが掛けられていなかったのかも、全て明典は納得する。この部屋の主は両腕をベッドへくくりつけられ、身動きが取れなかったからだ。その手元には彼のスマートフォンだけがある。身に纏っていたと思われる衣服は全てベッドの下に落ちており、彼は何も身に纏っていない。遮光カーテンの閉められた薄暗い室内に、彼の白い身体が浮きあがっている。
『夜中は静かにしてくれ』と言ったのは、おそらくこの部屋の下に住む住人だろうとも察しがついた。それだけ、一昨日来た時とは比べ物にならないほど、リビングは荒れ果てていたのだ。ローテーブルの上に転がったグラスからは、飲みかけのアルコールらしき液体が溢れている。もう一つは壁へ投げつけられたのか、フローリングの上で粉々に割れていた。
どうやら昨日は、激しい夜を過ごしたらしい。しかし、部屋の様子や、動ける範囲でベッドの隅に身を縮めているアキを見ても、とても同意の上だったとは考えられないが。
誰がこんなことをしたのか。思い当たる人物は一人しかいなかった。
「…………アキさん」漸く言葉が出てくる。「だから止めとけって言ったのに」
「まずは大丈夫かどうかぐらい聞けよっ!」
「どう見ても大丈夫そうには思えない人に、聞けるわけないでしょ」
いくら明典だからといって、こんな状況に出会したのは初めてだった。混乱するが、それを通りこすと一気に冷静になる。
しかし、こういう時、どう対処するのが正しいのかなど、分かるわけもない。取り敢えず、ベッドにくくりつけられている彼へ近付くと、身体が小刻みに震えているのが分かった。
もしかすると、部屋に上がってきたのは明典ではなく、自分を犯した奴だと思ったのかもしれない。「大丈夫。もう大丈夫ですよ」と何度も声を掛けるが、震えは一向に収まらない
「腕、痛ぇ」と弱々しく言った彼の両腕を見れば、ビニール紐によって雁字搦めにされている。力加減もなく巻き付けられたビニール紐は彼の手首や腕に食い込み、両手が少し変な色になりかかっていた。
早く解かなければ。結び目を探すが、それは既に外されていた。アキが口で何とか外したのだろう。
しかし、どう巻き付ければこんな状態になるのか、ビニール紐は複雑に彼の両腕を交差し、腕の間で絡まっている。両手が使える明典でさえも、解くのに難航してしまい、とうとう鋏を使ってそのビニール紐を切っていった。
案の定、手首には赤黒い鬱血痕が残る。必死の抵抗をしたのか、紐で擦れて血も滲んでいた。漸く両手が解放されたアキは暫くその手を握ったり開いたりしていたが、感覚が戻ってきたのか、それともいつも通り動くことが分かったのか、右腕を大きくベッドへ振り下ろす。
「あのクソガキッ!ぶっ殺してやるっ!」
怒鳴り声と共に大きな音がしたが、今は下の住人に我慢してもらうしかない。
「……風呂行きましょう。これじゃ服も着れないですよ」
「……手伝え」
「言われなくても手伝います」
肩を貸し、彼をベッドから立ち上がらせた。力が入らないのか、酔っている時よりもその身体は重く感じる。数歩進むと、アキは眉間に深い皺を作って舌打ちをし、その脚を止めた。そして力強く目を開いたかと思うと、再び歩き出す。
浴室まで連れていくと、後は自分ですると言われ、明典は脱衣場に置いてかれた。すぐにシャワーの音が聞こえ始める。手持ち無沙汰になった明典は、次は何をすべきかを考え、彼の着替えを持ってくることを思い付いた。しかしその時、フローリングに一定の感覚でテカる何かが目に入る。部屋へ入ってきた時は無かった液体だ。ちょうど、アキが立ち止まった場所からすぐの所で始まっていた。
「……アキさん」
「…………」
シャワーからお湯が流れ出る音しかしない。こんな時に不躾かと考えたが、明典は意をけっして中のアキに話しかけた。
「中、自分でやりにくかったら俺がしますよ」
「………………」
「アキさん」
返事はない。やはり言うべきでは無かったか。明典は自己嫌悪に頭をかきむしる。自分の声がシャワーの音でかき消されていればいいと思うが、こんな至近距離ではしっかりアキの耳に届いてるに違いない。怒鳴り声も、壁を殴りつける音さえも聞こえないのが少し気にかかったが、やはり着替えを取ってこようと、明典は踵を返す。
それと同時に、浴室の引き戸が一気に開かれた。
「…………」
お湯で温まった空気が脱衣場まで流れ込む。シャワーのお湯を頭からかぶり、濡れた前髪が額にくっついている間から、あの目力のある垂れ目が覗いていた。一線を纏わない彼を改めて見ると、その顔と同様に何の無駄もない引き締まった身体をしている。それが濡れているというだけで、あまりにも艶かしく見え、明典は息を飲んだ。
アキは黙ったまま、顎で中に入るよう示してくる。明典は服を着たまま彼のいる風呂場へと脚を踏み込もうとした時、変な気は起こさないようしっかりと気を引き締めた。
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