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酒に酔っても食われるな4にしおりをはさみました!
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酒に酔っても食われるな4
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明典が所属する部の部長、川嶋は、わずか35にして部長の座につく女性である。
社長から直々の大抜擢だったという話だが、本人は「一から部を作るのって面倒臭いからね」と、あくまで能力を買われたのではなく、面倒事を押し付けられただけだと話す。しかし、今では子会社からの研修を兼ねた出向者が来るほどの部に育て上げた実力者だ。
丸眼鏡を愛用し、化粧も髪型も然程気にしているようには見えない彼女は、見た目では全く想像出来ない経歴の持ち主でもある。
会社を経営する金持ちの家に生まれ、小学校の時点から有名私立校に通い、中学校はその更に上を行く女子校へと進学した。大学は明典でも聞いたことがある海外の有名大学へ進み、卒業後はそのまま海外の会社に就職したらしい。そこでもかなり活躍していたようだが、親の会社が倒産しそうだからと、日本へ帰ってきたのだという。
結局、彼女が帰って来ても会社は倒産を免れることが出来ず、借金やら何やらは、それまで川嶋家が所有していたあらゆる物を売り払うことによって、その半分以上を賄ったのだとか。しかし、小さい頃過ごした思い入れのある別荘だけは、どうしても手放したくなかったため、残りの借金は返済中なのだとか、返済し終わったのだとか。もうここまでいってしまえば、明典の頭は全くついていかなかった。
取り敢えず、川嶋は凄い女性なのだ。おまけにバイタリティーに溢れ、いつも何かしら楽しいと思える物を探しては、あちこちへと飛び回っている。こよなく酒を愛しており、大酒飲みで、飲み会では誰よりも飲むというのに、次の日は二日酔いで頭を抱えている部下がいる中、ケロッとした顔でいつも通り仕事をしているのだ。風邪も引かなければ夏バテもしない、底無しの体力と免疫力を彼女は持っている。
そんな川嶋は、部署の空気が悪くなることだけは絶対に許せないらしい。そこで彼女が考案したのが、川嶋家の別荘を利用した夏の慰安旅行である。
親睦を深めることを目的としているこの慰安旅行は、やむ終えない事情がない限り、絶対参加しなければならない。だからといって堅苦しいものではなく、家族参加も大歓迎である。海の波は穏やかで、海水浴に使われる浜辺とは山と森によって隔てられているため、貸し切り状態となる川嶋の別荘はわりかし人気があり、毎年大所帯となるのだ。
その慰安旅行を、明典は去年、夏風邪を拗らせて欠席をしていた。
その分を取り戻すわけではなかったが、別荘に到着して荷下ろしや荷解きが終わると、海へ泳ぎに行った他の同僚達やその身内には混ざらず、別荘の掃除をする。川嶋はボロ家だと言っているが、今話題沸騰中の趣ある古民家だ。壊れている所もなく、中も綺麗にされてあるということは、川嶋が定期的に脚を運んでいるということだろう。別荘のある地域に台風が接近すると、彼女が少しだけ落ち着かない様子になるのに気付いているのは、おそらく明典だけではない。
背の低い彼女では届かないだろう場所を、念入りに掃除していると、浜辺から名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「宮家ー!掃除なんていいからさっさと来なさい!!」
同僚の子どもと戯れている川嶋が、大きな声で明典を呼んでいる。155にも満たない身体で精一杯子どもと遊ぶ彼女は、決して35には見えない。子どもにも大人気で、明典を呼んだ後は海の中へと引っ張られていった。
川嶋にも呼ばれたことだし、掃除もこのぐらいで良いかと、明典は使っていた掃除道具を片付ける。そして言われた通り、サンダルを履き、Tシャツを着たまま浜辺へ出た。
よく晴れ渡った空からの直射日光が、じりじりと肌を焼いていくことが分かる。合流すれば、間髪いれずに誰かから海へ突き飛ばされた。無様に転けて全身海水まみれになった明典に、爆笑が起こる。髪の毛までびしょ濡れとなった姿で振り返れば、したり顔の同僚が居たため、同じように海へ突き落としてやると、「鼻に入った!」と大騒ぎし始めた。「子どもが真似するでしょ」という声も聞こえるが、皆笑っている。
背が高いと必ず子どもからせがまれる肩車をこなしていっていると、見知らぬ女性と楽しそうに会話をする佐々木の姿が目に入った。今日はTシャツにハーフパンツというラフな格好をしている。普段は見れないその四肢の細さと色白さに視線が釘付けになっていると、横から誰かが肘で脇腹辺りをつついてきた。
「見ろよっ!山本さんっ!すっげぇ良いスタイルしてるぞっ!」
鼻の下を伸ばしながらそう小声で言ってくるのは、隣のデスクを使う同僚だ。急な仕事が入ったため、少し遅れると言っていた彼女は、どうやら無事川嶋の別荘へ到着したらしい。何も誤魔化すことの出来ないビキニ姿で颯爽と現れた彼女は、確かに同僚が言った通り、洗礼されたスタイルをしていた。女性陣の視線も、彼女へ集められていくのが分かる。
山本は川嶋に声をかけると、すぐに佐々木の方へと向かった。佐々木が話していた見知らぬ女性は、山本が声をかけた一人のようだ。佐々木にも話しかけたのか、彼は挙動不審にその両腕を振る。顔がみるみる内に赤くなっていった。
それほど身長差のない佐々木と山本が並ぶのを見ながら、やはり明典の視線が行くのは佐々木の方だった。あんなに顔を真っ赤にさせて。可愛いったらありゃしない。動かない明典に肩へ乗っている子どもは不満そうな声を上げたが、それを適当に宥めながら暫く佐々木を見ていると、彼はおもむろにそのTシャツを脱いだ。山本から何かを言われたのだろう。
心の中で彼女に親指を立てていると、「やっぱいいなぁ!夏はっ!」と言う隣の同僚に、明典は大きく頷いて激しく同意する。予想通りの然程筋肉のついていない佐々木の白い身体を、明典は目に焼き付けていった。
こちらの視線に気が付いたのか、山本が手を振ってくる。同僚はすかさず大きく手を振り替えしたが、明典はそうする前に肩へ乗っている子どもから髪の毛を引っ張られ、体勢を崩しかけた。「何やってるの!」とすかさずその子どもの母親が注意すると、子どもは小さな声で「ごめんなさい」と謝ってくる。こちらも自分の都合で動かなかったことを詫びると、その子どもを肩から下ろす前に、腕へ抱えてぐるぐると回してやった。それだけで、しゅんとした声ははしゃぎ声へと一変する。
転ばないよう体勢を整えてゆっくりと下ろしてやれば、はち切れんばかりの笑顔を向けてきた。佐々木を見て思うこととは種類が違うが、これもこれで可愛いものだ。しかし、一人違うことをしてしまえば、それをせがむ子どもに囲まれてしまうものである。案の定子どもに囲まれた明典は、山本に見惚れていた同僚に手伝って貰いながら、その数をこなしていった。
炎天下の中で散々子どもに付き合って遊んでしまうと、夕飯の買い出しに出る頃には体力が尽きかけてしまう。川嶋がバーベキューの買い出しに行くと言い出したため、着いて行こうと着替えれば、足元がふらつくのが分かった。そんな姿を、川嶋に見られ、「加減して遊びなさいよ」と笑われてしまう。結局、川嶋から買い出しグループを外された明典は、一人木陰で涼みながら、海で遊ぶ居残り組の様子を眺めることにした。
空を見上げながら、今年もよく晴れたなと、その青さに感動さえ覚える。毎年、この慰安旅行は晴れるのだ。晴れ女がいるに違いない。それは誰かと言わなくても、分かるだろう。
着替えたパーカーの隙間に、風が入ってきた。木陰にいるせいなのか、やけに風は肌寒いが、体温の上がった身体には心地いい。いいなぁ、この別荘は。川嶋が手放したくなかった理由も分かる気がする。いつも慌ただしくしているつもりはないが、久しぶりにゆっくりと時間が流れていっているようにさえ思えてきた。それを堪能するため、明典はぼんやりすることに徹する。
買い出しへの道のりは、1時間近くかかる。まだバーベキューの準備を始めるには早い。ほんの一時の休息だ。
今頃アキは、何をしているだろうか。海と空を眺めていると、ふと、あの日以来会っていない彼のことが頭に浮かんできた。都会で今も、慌ただしく働いているのだろうか。彼の愚痴に出てきた新入社員は、少しでも落ち着いただろうか。トモヤには、出くわしていないだろうか。忙しさの中で、あの日のことを少しでも忘れられているといい。
今度休みが合えば、彼をここへ連れてくるのもいいかもしれないと、性格に似合わないことさえも考えてしまう。それほど、明典の心の中は穏やかだった。案外、喜ぶ気がする。そう思い、明典はパーカーのポケットから落ちそうになっているスマートフォンを取り出した。一年に一回も使わないカメラ機能で、海の写真を撮る。青空も入れて。
ド素人が撮った割には、なかなか良い写真が撮れた気がするが、もともと良い場所は誰が撮ってもそれなりに写るのかもしれない。しかしその写真だけをアキへと送れば、丁度昼休憩だったのか、すぐに彼から『綺麗だな』と返ってくる。久しぶりに、彼のメッセージを見た。そんな素っ気ない文面に、明典の顔は無意識に綻んでいく。
たくさん送ってやれば、『嫌がらせかよ』と返ってくるかもしれない。明典はその言葉を引き出すべく、再び海へとスマートフォンを構えた。一枚、二枚と適当な角度でシャッターを切っていくと、誰かが近付いてくる足音が聞こえてくる。
「何してるの?」
見上げれば、そこには山本が立っていた。あのビキニ姿ではなく、白いブラウスに、大きな花柄の涼しげな長いスカートという姿で彼女は風に揺れる肩までの髪を耳にかけながら立っている。
普段のキツい印象が薄れているのは、髪を全て下ろしているからだけではない。その表情も声も、いつもより柔らかくなっているからだ。彼女もここ来て、リフレッシュすることが出来ているのだろう。
「宮家くん、写真好きなの?」
「いや、知り合いに送ろうかと思いまして。嫌がらせで」
「何それ?面白いわね」
山本は優しく笑いながら、明典の隣に座る。長いスカートを尻から膝の裏辺りにかけて流れるように手で押さえながら座る姿が、妙に色っぽい。前髪をかきあげながら、海を眺める横顔も。
『美人は何をしても様になる』。佐々木の言った言葉を明典は思い出す。確かにな。ここにあの同僚がいれば、すぐにでもその言葉を口にしただろう。しかし生憎、彼は川嶋から買い出しグループへ突っ込まれた。今頃漸くスーパーのある町へ出たのではないか。
そう考えていると、明典の中で悪戯心が顔を出してくる。
「すみませんけど、一枚写真撮ってもいいですか?」
「どうして?」
「ちょっと同僚の悔しがる姿を拝んでやろうかと思いまして。人に送ってもいいですか?」
「別に構わないけど…」
山本は首を傾げたが、すぐにその言葉の意図が読めたのか、「あなたって結構意地悪ね」と微笑んだ。明典の構えるスマートフォンに、ピースでも作るかと思いきや、彼女は再び海へと視線を写す。その綺麗に整った斜め45度の顔と身体を、明典は一枚だけ写真におさめた。すかさず買い物グループへ入れられた同僚に、その写真を送る。ついでに『隣の山本さん』と、メッセージも付け加えて。
「撮られ慣れてます?」率直な感想を明典は言う。
「そう見える?」彼女は明典へ視線を向け、微笑んだ。
「……昔、ちょっとね」
「モデルしてたんですか?」
「モデルって程じゃないけど、才和の趣味に付き合ってたことがあるのよ」
「サヤカ?」
明典は首を捻ると、山本はすかさず「川嶋ね」と付け加えながら、近くにあった細い棒で『才和』と書いた。なるほど。川嶋は才和という名前なのか。名は体を表すと言うが、強ち間違ってはいない。
「山本さんと川嶋さんって、仲良いですよね」
「まぁ、同じ中学校と高校に通ってたからね」
「それじゃあ山本さんもお嬢さんなんですか?」
「違うわよ。ただ親が学業に煩かったから、嫌々受験させられたの。女子校なんて行きたくもなかったのにね」
「へぇ」
意外な関係を知ってしまった。てっきり、同期入社か何かで仲が良くなったのかと思っていた。高校が一緒ならば、下の名前で呼び合うのも納得がいく。
「あの人、昔っからあんな感じでね。頭も良いし、運動も出来るし、誰に対しても分け隔てなく接するし。今じゃ髪も長いけど、10代の頃はずっとショートカットで、女子校の中で一人男の子が混ざってるみたいだったのよ」
山本の説明で明典はショートカットの川嶋を想像する。それは容易にイメージすることが出来た。ロングよりも、ショートの方が川嶋に似合いそうだ。
「その頃から仲良かったんですか?」
「実はそれほど仲が良かったわけじゃないのよ」山本は笑う。「むしろ私は少し嫌いだったの。八方美人な気がしてね。全部、僻みでしかないんだけど」
「山本さんでも、誰かを羨ましいって思うんですね」
こんな美人でも、嫉妬や妬みという感情を持つのか。山本の意外な一面に、明典が率直な感想を述べれば、「私だって人間なのよ?」と彼女は苦笑する。持っていた棒を浜辺へ向かって投げれば、それは空気を切って意外と遠くまで飛んでいった。
「宮家くんは、誰かに嫉妬したりしない?……しないか。しそうにないもんね」
「いや、俺だって人間ですから。嫉妬ぐらいしたことあります」
「意外ね。誰?」
「高校の親友とか。顔も良いし、身長もそこそこあるし、性格もいいし、頭もいいし。そいつを見てると、天は二物を与えないなんて嘘っぱちだなって思いました」
「宮家くんって、案外ずばずばと言うのね」
山本は可笑しそうにクスクスと笑う。「その人とはどうなったの?」という質問に、「今でも仲良いですよ。飲みにもいきますし」と答えると、彼女は目を細めて海を見た。「今も嫉妬する?」と、海を見つめたまま尋ねてくる。
「今はしないですね」
「どうして?」
「全てが完璧ってわけじゃないんだなって、分かったんで。あいつでも、間違ったこともすれば、失敗だってしますし」
「そう……」
「山本さんは?」
そう尋ねると、彼女は少しだけその口を引き締めたように見えた。そしてそれを誤魔化すように、微笑む。
「才和への嫉妬は、才和がアメリカの大学に進学した時、終わったの。彼女にはどうやっても勝てないんだって。完敗して、すっきりしたわけ」
「……そういう終わり方もあるんですね」
「そういうことよ。今じゃ立ってる土俵も違うしね」。山本は両腕を上げて大きく伸びをする。「……でもまた、あの嫉妬が戻ってきちゃうこともあるかも」
「どういうことですか?」
「女性は複雑なのよ」
ふーっと息を吐き出しながら山本は両腕を下ろすと、立ち上がってスカートについた砂をはらった。
「ちょっと寒くなってきたし、歩かない?」
彼女は座ったままの明典へ笑いかける。明典は側に置いてあったスマートフォンを見た。まだバーベキューの準備に取り掛かるのは早そうだ。それを確認すると、明典は「どこ歩きます?」と立ち上がる。
丁度その時、スマートフォンがメッセージを受信した。どうやら買い物グループは今、スーパー付近へと到着したらしい。車内で隣に座っているのだろう佐々木が転た寝している写真が添付され、『お前、今すぐ俺と場所交代しろ!』という悲痛のメッセージに、お互い様だと明典は思った。
山本を見て、これが佐々木だったらと思うのは不躾か。しかし、彼女の整った顔に、アキの姿を思い出す方が、失礼なのかもしれない。
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