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(Side:東雲博之)
蓬莱さんの家を後にした俺たちは、名古屋駅へ向かう前に役所に寄って書類を提出した。雅は終始無言のまま、俺の手から所員に渡されていく書類を見つめていた。
「......父さん」
袖をつんと引っ張られて振り向くと、雅は見たこともないほどに不安そうな顔をしていた。......いや、この顔は昔にも見たことがある。美織が事故に遭い運び込まれた病院で、息をしない母親を目の当たりにした時と同じ顔だ。あの頃の俺は自分自身にも余裕がなくて、不安げな顔をする子供を抱きしめることもできなかったと思い出す。
「雅」
窓口に座る男が、手続きが完了したと言った。事実上、これで雅は蓬莱さんの息子になったことになる。だからといって、俺との親子関係が切れたわけではない。
「ごめんね......」
「......全くだ。こんないい男が一番近くにいるのにな」
冗談を行ってみても、雅は俯いたまま顔をあげない。震える肩が、泣いているのだとわかる。
こんなことは、さすがの俺も想定していなかった。雅が女と結婚するとも思っていなかったが、俺よりもはるかに歳上の男と籍を入れるなんて。普通なら反対しているところだが、今回ばかりはさすがの俺も口を出せなかった。
「父さんはいつから知ってたの......」
「......去年の冬だ。ちょうど年が明けたくらいの頃だった」
「......そう......。どうして教えてくれなかったの」
「プライドの高いあの人が、自分の弱味みたいなもの言うわけねぇだろ」
「なんで父さんは知ってたの......?芹沢さんも、知ってるみたいな雰囲気だった」
「......三人で打ち合わせしてた時に、急に倒れたんだよ。あの人一人だろ。......検査結果とか、俺が聞いたんだよ」
「......そうだったの」
雅はそれ以上言葉を紡げない様子で、俺の肩に頭を預けてようやっと立っているような状態だった。
「とりあえず、東京に戻ろう」
「......や、だ......やっぱり蓬莱さんのところに戻る......」
「大丈夫だよ......殺したって死なねぇのが蓬莱さんだ。おまえは明日一日で色々片付けなきゃなんねぇんだろ。一応、けじめはちゃんとつけとけよ」
「......」
「ほら、おいで」
それからは雅を抱えるようにして新幹線に乗り、なんとか自宅へと戻った。その間も、雅の方が死人のように青い顔をしていてこっちの方が不安でならなかった。
「父さん、父さん......っこわい」
自宅に帰ってきてようやく雅は声をあげて泣いた。
「こわいよ......父さん、お父さん......っ」
死は、雅にとって何よりの鬼門だった。美織の死後、雅には人が死ぬということが心にかなりのストレスを与えるようになっていて、ニュースやなんかで全く知らない人の訃報を聞くだけでも苦しそうな顔をしていた。それが今、身近な人に迫り寄っている恐怖。美織のように事故で突然死んでしまうことは、心の準備ができていない分喪失感が大きい。しかしだからといって、余命を宣告されたからといって死ぬまでの数ヵ月を笑って過ごせるような心は誰も持っていない。
俺だって......あれだけあの人には悪態をついていたが、いざ死を目の前にして......笑っていられるほど、強くはない。
それなりに、同じ時を過ごした相手だ。
「あの人を幸せにできるのはおまえだけだ......がんばれ」
「うっ、うぅ、うぁあ......っ」
最後くらいは、幸せを祈ってしまう。それを雅に託すことがどれだけ酷なことか、俺はわかっているというのに。また、雅にばかり背負わせてしまうことを、俺は心の中で詫びた。
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