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Slow you and days to walkにしおりをはさみました!
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Slow you and days to walk
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(1)
遅れてやってきた保村がすぐ怪訝な顔をしたのは、俺が正座で華田に説教されているのを見たからだ。
「こっちはお前がだらしねぇっていうのは高校の頃から知ってんだよ。俺らの中ならそれでも別にかまやしねぇんだけどよ、息子と一緒に生活してんだから治す努力をしろってんだよ。わかるか?」
「はい、わかります」
「テメェだって、それがいけねぇと思ってんだろ。だけど治そうとしないから不安になって情けねぇこと言い出すんだろうが。火」
「はい、すいません」
華田のタバコの火をつけている俺の隣に保村が座った。
保村は情けねぇなという感じで俺の顔を見てから、焼き鳥をつまんだ。
「何して怒られてんだよ」
「この間、こう太が風邪ひいたから診に行ってやったんだよ。したら、保険証の場所はちゃんとしてない、粥は作れねぇ、あげくの果てに何て言ったと思う?」
あーやばいそれ言わねぇでほしい。
だけど、俺がそれ言わないでくれと言っても説教されている俺に拒否権はないし、絶対華田は言うだろうな。保村も身を乗り出して食いついているし。
…と、思ったら。
「おら石川、何て言ったんだよ、あぁ?」
「…もしも、こう太がここにいたくないと言ったら華田か保村の家で見てくれねぇかって…」
自分の口で言わされると思っていなくて俺は小さくなって呟いた。
それを聞いた瞬間、意外にも保村は笑い飛ばした。
「なんだよ、そんなことか。良いぜ?うちは別に。マリアも熱志も喜ぶだろうし。二度とお前とは会わさんが」
「それだけは勘弁してください!」
保村は笑い飛ばしたけど、目がちょっと笑っていない。そのまま運ばれてきたビールを口に含むと保村も説教に加わった。
保村は子沢山が夢だったんだけど、マリアちゃんの病気とか諸々の関係で子供は息子の熱志一人しか望めなかった。だからその分家族を誰よりも大事にしている。
だから無責任なことを言った俺に腹を立てたみたいで、二人にガンガン責められる。
ステレオで説教されている俺をみて、注文を取りに来た聖斗が鼻で笑った。
「まぁ、お前とこう太に何があったのかは知らんが、こう太を泣かせるようなことだけはするなよな。お前のこと、せっかく好きだって言ってくれたんだからよ」
「おう。もう、絶対泣かせないし、俺が絶対幸せにする。パトリシアの分も、俺があの子のそばにいるんだ」
パトリシアの名前を口に出すと、二人の動きが止まった。そして、俺の方をマジマジと見つめてくるもんだから、俺も気まずくなって何だよ?と尋ねる。
「いや、お前の口からその名前がでるの久しいなと思ってよ」
「っていうか、お前こう太になんかしたのかよ?泣かせるようなこと!」
目を三角にした保村の問いかけに、俺はちょっと言い淀む。まさか、酔っ払ってこう太を
強姦しましたなんて口が裂けても言えない。石川五右衛門よろしく、油の中に沈められても吐くもんか。
俺は頭をフル回転させて、突っ込まれないような言い訳を探したんだけど中々思いつかない。だから、代わりに滅茶苦茶落ち込みながら。
「…酒に酔ってまた失敗しました…」
俺の言葉に二人は軽蔑するような冷たい目を向けた。だけど、その言葉だけで十分だったみたいでそれ以上は詮索されなかった。その分「父親としての心構え」「家族としての役割」という説教に「酒のたしなみ方」が追加された。
烏龍茶片手にひたすらそれを聞いている俺をみて、聖斗が「やーいやーい」と指差して笑っていた。
「まぁ、でも懲りてるみたいならこれ以上は言わねぇけどよ」
「おう、もう酒は飲まねぇ。懲りた。…こう太は、飲んでいいよって言ってくれるんだけどな」
「優しいねぇ」
「おう。でも、こう太が成人して酒が飲めるようになったら、一緒に飲むっていうのはありかなとかちょっと思ってる」
十年後の野望を考えて、俺は一人ニヤニヤしていた。
こう太と両思いになってから、こう太に酒はもうやめるって宣言した。酒のせいでこう太に乱暴したというのは事実だから、けじめとして。
だけどこう太は「気にしてないよ、飲んでもいいよ」って優しく言ってくれた。
…んだけど、やっぱり無理だと思っているのか「多分、一週間もしたら飲み始めるだろうけど」と付け加えた。
もしそうだとしても、一週間以上は我慢してこう太を見返してやりたいと、とりあえず禁酒生活を続けている。
だと言うのに。
「保村、賭けようぜ。こいつの飲酒再開、三日後」
「えー。俺も三日くらいだと思うから賭けになんねぇよ」
「お前ら本気で怒るぞ!」
そんな感じでギャーギャー騒ぎながら飲んでいたら、スマホが震える。
見ると、アラームが21時を告げていた。
伝票の下に金を挟んでから立ち上がると、二人が不思議そうな顔をしていた。
「ごめん、俺先帰るわ」
「珍しいなこんな早く」
「へへー、明日こう太とデートするから早く帰るんだ」
「ハイハイ」
「親バカ乙」
馬鹿にしたような口調の二人を尻目に、俺は愛しいこう太が待つ家に帰っていった。
*
新しいショッピングモールはすごく綺麗で、やっぱり出来たばかりだから人もたくさんいた。
お父さんは「はぐれちゃいけねぇな」と言ってボクの手を繋ごうとしたけど、この人の中で手を繋ぐのは恥ずかしいからって断ってしまった。
ちょっと不満そうにしてたんだけど、時折ボクがお父さんの服の裾を引っ張ったりして呼びとめていたりなんかしていたら、なんかよくわからないけど喜んでいた。
垓くんに教えてもらったパンケーキのお店も美味しかったし、お店も色々あって楽しんでいたらお父さんの足が一つのお店の前で止まった。
お洋服のお店とかじゃなくて、木でできた家具が置いてあるインテリアのお店だった。
おしゃれなお店だね、とつぶやいたら「中入ってもいい?」とお父さんが入っていってしまった。
慌てて着いて行くと、お父さんは白いチェストの前で何やら考えていた。
縦よりも横に大きいそれを見ては、引き出しを開けたり閉めたりしている。
「欲しいの?」
「あー、うん。これくらい大きかったら上に物いっぱい置けるかなって。ここに、金魚鉢おいて、このへんにパソコン…」
「パソコン?」
パソコンと言った瞬間、お父さんがしまったという顔をした。気まずそうにボクの方を見てから、小さく「おう」と頷いた。
「いつ買うの?」
「買うっていうか…、お前のあれだよ、プレゼント」
ちょっと照れくさそうなお父さんをみて、パソコンはボクの誕生日プレゼントなのかと理解した。
お父さんはボクと同じでサプライズとか好きな人だから、うっかり言ってしまったことに悔しそうにしていた。そんなの気にしないのに。
お祝いしてくれるというのが嬉しいのに。
「そっか、嬉しいな。でも、上にパソコン置くのならチェストは使いにくいと思うよ」
「あ、そっか。引き出しあるしな。やっぱり、普通になんかテーブル買うか」
そうだね、とボクが頷いてもお父さんはチェストを見たままジーッとしていた。
なんだろうと思ったら店員さんを呼んだ。
「これ持って帰ります」
横に一メートルくらいある大きなチェストを指差していきなりそう言った。
その発言にボクも店員さんも目を丸くした。
「いや、どうやって。送ってもらおうよ」
「抱えて、こう」
「いくらお父さんでも無理だよ!」
「ここをこうこう」
「真面目に考えてよ!」
*
結局は自分で組み立てるチェストを買うことで落ち着いた。
なんでそんな急にチェストなんて、と思って家に帰るとお父さんは早速作り出した。
なんか張り切って珍しいな、とか思ってお手伝いすると一時間くらいしてチェストが完成した。
お茶でも入れようか、と言ったのにお父さんは自分の部屋に行って何やらゴソゴソしては、リビングと自分の部屋を往復していた。
お父さんはボンヤリしているボクを放っておいて、白いチェストの上に金魚鉢を置いたり、いつの間に買ったのか、アクセサリーを引っ掛けるようなスタンドを置いていく。
紫色の布を敷いたかと思ったら、色々そこに置いていく。
パカ、と開けたのはお母さんとの思い出を入れたクッキーの缶だった。
そこから、ネックレスとか指輪をスタンドにかけていく。
「簪(かんざし)どうすっかな…。まぁ、この辺に」
ブツブツ独り言を漏らしながらチェストの上をレイアウトしていく。
最後に、海の前で微笑んでいるお母さんの写真が入った写真立てを置いて、クッキーの缶もそこに置いた。
お仏壇というわけじゃないんだけどちょっとした祭壇みたいなものが出来上がった。
「できた」
満足そうにそう言うと、座り込んでいるボクの隣に腰を下ろした。
麦わら帽子をかぶって白いワンピースを着ているお母さんの写真を「この写真が一番好きなんだ」と言いながらお父さんは懐かしそうな目で見ていた。
「あ…これ俺の部屋にあった方がいい?」
「ここまで作ってから聞かないでよ。いや、別にここにあってもいいけどさ」
ボクがお母さんに嫉妬してしまうことはお父さんもよく知っていた。
でも、写真をみていても不思議とそんな気持ちがわかない。なんでだろう、理代子おばさんの家で見たように飾られているからかな。
「ずーっとさ、こういう風に飾っちゃうと嫌でも目に入って落ち込んじまうと思ってたし。なんていうかな、死んだことを認められないような気がしたんだ。パティは行方不明になっただけで、何時か帰ってくるんじゃないかって。でも結局最近までうじうじしてたから、変わんないんだけどな」
そう笑うとボクを抱き寄せて、頬を寄せてきた。
「でも、今は違うんだよな。『俺もこう太も元気に仲良くやってるから天国で見守ってください』ってやっと思えるようになった。彼女の死も受け入れられた。よーやく、祈りを捧げられるようになったんだ」
「うん。…お母さんのお墓ってどこにあるの?」
「イギリスにある。ご両親が連れて帰ってしまったからな。いつか、行きたいな」
そうだね、って答えてからボクもお父さんにもたれかかった。
お父さんはやっぱり寂しそうな顔をしてたんだけど、ボクの肩を抱く手が強くて温かい。
それが、俺はもう大丈夫だよって言ってくれているみたいで、ボクも不安にはならなかった。
あとでお父さんにお母さんの好きなものを聞いておこう。
それをお供えして、毎日見守っていてくださいとお祈りしよう。
ボク達は幸せに暮らしています、って。
「あ、でもこれじゃリビングでチューする時気まずいな」
「お父さん最低」
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