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ここ最近、覚えていないけど無性に怖い夢をみては泣きながら朝起きていた。
だけど、今日はなんだかすっと目が覚めた。
頭は大分すっきりして、体も軽かった。
隣に寝てるお父さんの方を見ると、お父さんはうつ伏せになって寝ていた。
昨日の夜のことを思い出して、恥ずかしくなってくる。
夢じゃないはずなんだ。ボクのことお父さんが一番好きだよって言ってくれて。き、キスして。
両思いになったから、ボク達はこ、恋人になったのかな。
そう思ったら顔が真っ赤になるのを感じた。
恥ずかしいのを隠すようにお父さんの頭の引っかき傷を撫でてあげる。何となく殴るような音が台所で聞こえたりしていたから、多分自分を痛めつけていたんだろうな。
台所という単語に連鎖して、リビングのことが頭に浮かんだ。
「…餌あげなきゃ」
金魚達にここ最近餌をあげていなかったことを思い出す。慌ててベットから降りてリビングに向かう。
金魚達は何事もないように泳いでいたのでほっとした。それをしばらく眺めてから手持ち無沙汰にあちこちウロウロしていた。
気分も良くなったからご飯作ってあげようかなとか考えていたら、ふ、とテレビ台の下に置きっぱなしにしていたお父さんの小説と、目があった。
本を拾い上げると壁に寄りかかってページをめくった。
*
[…灰針は何とかして麒麟を治そうと手を尽くした。東に妙薬があれば其処に向かい、南に霊水があれば其処にむかった。
ある時良い薬草の話を耳にし、直ぐ様摘みに行った。
断崖絶壁に咲く其の真っ白な花を煎じれば、どんな病人でも忽ち回復するだろうとのことだった。
灰針は病床に臥せっていたので体の筋力は落ち込み、其の崖に登るのも至難であった。
しかし、麒麟の苦しみが少しでも和らぐのならば、己の苦難などどうでもよかった。
苦心して崖を登る灰針の顔には笑みすら浮かんでいた。
灰針がその可憐なる白花に無骨な手で触れる。
とたん、天地が逆さまとなった。…]
…先に死んじゃったのは、主人公の方だった。
麒麟は死んでしまって動かない主人公に鼻先を寄せると、自分も苦しいのに主人公を背負った。そしてヨロヨロしながら、夜の中に消えていった。
――もう誰も、灰針の行方も麒麟の行方も知らない。
ページの最後にはそう書かれていた。
でも、まだ続きがあるみたいでボクは次のページをめくった。
[…麒麟は灰針を山に埋めると、宛もなく歩いた。行き先などは知らず、元来た道もわからず、ただひたすら歩いた。ゆっくりと自分の足元だけを見て歩いていると、その道が途切れた。
麒麟が顔を上げると、目の前にはお釈迦様が立っておられた。
その神々しいお姿を見た瞬間、麒麟は自分が死んだことを悟った。
『麒麟よ、待ちくたびれましたよ。さぁ、その汚れた毛皮を脱ぎなさい』
お釈迦様を中心に、道が幾数にも別れた。幾数にも別れた道は麒麟の生まれ変わりを教えていた。
光り輝く道、凸凹の激しい険しい道、足跡が幾つもついた平坦な道。麒麟はその道の一つ一つに鼻先をくっつけて匂いを嗅いだ。
光り輝く道は懐かしい天界の匂いがした。
凸凹とした道はかつて人間界で嗅いだような泥臭い匂いがした。
足跡が幾つもついた平坦な道は優しい花の匂いがした。
しかし、麒麟は首を傾げた。自分の一番嗅ぎたい匂いがしない、と。
麒麟は首を持ち上げ、お釈迦様に尋ねた。
(どの道に進めば、父上に会えますか?)
お釈迦様は麒麟の言葉に、す、と指で道を指し示された。
『もう随分と前に此処へやってきて歩いて行きました』
(そうですか。ありがとうございます、きっと何処かで私を待っていると思いますので、追いかけます)
麒麟はお釈迦様に恭しくその頭を下げて礼を述べた。
そして、一歩一歩しっかりした足取りで、一番険しい道を歩み始めた。…]
麒麟は天界への道も、優しい匂いのする平坦な道も選ばないで、お父さんに会えるというだけで、険しい道を選んだ。
天界に行けばまた麒麟に生まれ変われるかもしれないのに。平坦な道なら、苦労して歩くこともないと思うのに。
[…麒麟はまたひたすら歩いた。歩きすぎて、足の感覚が無くなっていた。疲れに喘ぎ、重い体を支えきれなくなり、地面へと倒れこむ。
それを支えたのは、無骨な手だった。
麒麟が顔をあげると、其処には懐かしい笑顔があった。
「お父さん」
麒麟は瞳を嬉しそうに歪ませるとゆっくりと手を伸ばした。
(終)]
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ???」
「へぇぇ!?な、何?」
読み終えてふぅとため息をつく暇もなく、いきなり大声をあげてお父さんがリビングにやってきた。
バン、とドアを開けるもんだから、思わず本を落としてしまった。
お父さんは目をパチパチさせながらボクを見ると、何でか知らないけど頭の上にハテナを浮かばせていた。
「ど、どうしたの?」
ボクがそう尋ねてもフリーズしたままで、しばらくしたら何かに気づいてボクの方に来ると、ボクを抱き抱えるようにしてゴロンと横になった。
そしてギューとボクを抱きしめて離さない。
「だってよぉ、こう太隣にいないんだもんよぉ。父ちゃん置いてどっか行っちまったのかと思うじゃんか…」
「どこに行こうっていうのさ」
「うるへー。もう今日はずっとこうしてっかんな。離してやんねぇんだかんな」
なんか子供みたいなことをブツブツ言ってボクの髪の毛をぐしぐし触る。
すごく久しぶりな感覚に嬉しくて胸がいっぱいになる。
麒麟も主人公に撫でてもらう時はこんな気持ちだったのかな。
またお父さんに撫でてもらうために、麒麟は険しい道でも歩いて行ったんだ。
「ボクはどこにもいかないよ。険しい道を歩いてお父さんに会いにきたんだもん。何があっても、離れたりしないよ」
ボクの言葉を聞いたお父さんは珍しくちょっと照れたみたいで、赤くなった顔を隠そうと今度はボクの胸の中に顔を押し付けた。
それでも、本を最後まで読んだということがわかったみたいで、ちょっとだけ嬉しそうだった。
「麒麟が進んだ道は人間になる道なんだ。天界でも神仙になる道でもなく、麒麟は人間になる道を選んで、人間に生まれ変わるんだ。そして、先に人間になっていた灰針の息子として、二人はまた出会うんだ」
「お父さん…、それはちゃんと小説内で説明しなきゃダメじゃないの?」
「それ、読んだやつ全員に言われる」
がっくりと落ち込むお父さんの背中をポンと叩いて慰めてあげる。
「そうやって俺とお前が出会ってたらいいなぁ、っていう終わりにしたんだ」
「うん、そうだね」
きっとボクはお父さんと出会うために生まれてきたんだよ
そう言ってボクからキスした。
「今度の土曜日はお出かけしようね。絶対だよ」
「おう、デートしような」
お父さんは懐かしいような笑顔でボクに笑ってくれた。
ボク達が親子であることは変わらないんだけど。
親子としての「好き」が終わって、恋人としての「好き」が始まったんだって。
ボクはお父さんとキスしながらボンヤリと思った。
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