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131にしおりをはさみました!
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週末の駅前は人で溢れていた。
予約など必要ないだろうと思ったが、予想外に混んでいたため気遣いに助けられて店内に入る。
二人ということでカウンター席を通され、神谷と隣り合わせで椅子に座る。
駅前の簡素な居酒屋だが、そこそこ今時の小洒落た作りになっていてディスプレイには様々なリキュールやウイスキーなどが並べられている。
「紺野先生と二人で飲みに行く日が来るなんて光栄です。あなたはあまりこういう事はしないと思っていたので」
「休職中お前には迷惑を掛けたからな。なんでも好きなものを頼め。たまには先輩らしいことをしようと思っただけだ」
とはいえ考えてみれば確かに二人で飲みにいくなどあまりない。
数少ない数学関係者の友人とは行くが、俺はそもそも気を許せる奴でないとプライベートは共にしない。
そう考えれば神谷は俺の中でただの同僚という意識から変わってきているんだろうか。
神谷は手慣れたように注文をし、そのどれもが俺の好みに合ったものだった。
単純に神谷と気が合うのか、それともコイツの読心術が成せている技なのかは俺には読めない。
担任、副担任という関係だけでなく同じ大学の先輩後輩という事もあり、神谷と話す話題は結構多い。
普段中々落ち着いて話すことの出来ない会話などをして、頃合いを見計らって俺は口を開いた。
「――で、お前の相談事とはなんだ」
「ああ、すみません。そうでしたね。相談というか…」
「なんだ。俺の知識の範囲内なら何でも答えてやるが」
「ふ、紺野先生。それでは相談ではなく質問ですよ」
指摘されて、そうかと顎に手を当てる。
考えればあまり人に相談事など持ちかけられた覚えはない。
神谷はクスリと物腰柔らかな笑みを浮かべた。
「実は結城のことなんですが」
その言葉にギクリと心臓が跳ねる。
まさか屋上で立ち聞きしていたことがバレたのか。
それとも結城が文化祭の告白後、神谷を慰めてほしいと言っていたがまさかそういうことか。
慌てて酒を煽ると、神谷は俺の様子を見て何か察したように一つ息を吐き出した。
「…なるほど。やはりあなたは知っていたようですね。結城があなたに迷惑をお掛けしたでしょう」
「な、なんのことだ。俺は何も…」
「ああ、余計な気は遣わなくて結構です。実は結城に俺の心を知られてしまいましてね」
結城と神谷の屋上での詳細な会話は、七海に耳を塞がれていたため知らない。
だが最終的に仲睦まじくキャンプファイヤーを見に行ったようだし、見舞いでも問題なく話をしていた。
ひょっとしたら予想外に上手くいっているのでは、と思ったのだが。
「道理で面識のないあなたに結城が絡んでいると思いました。もし何か困っているようでしたら俺からアイツに言って聞かせますので」
「…別に困ってなどいないが」
「そうですか?七海のことは仕方ないとしても、他にあなたにストレスを与える相手は排除したいので」
淡々とそう言った神谷の目はどこか冷たく、まるで俺以外の者など何とも思っていないような口ぶりだった。
上手くいっているなどとなぜ思ってしまったんだろう。
コイツは大人であって、ちゃんと生徒との付き合い方を分かっているだけだ。
「は…排除などと人聞きの悪い言い方をするな」
「おや、失礼いたしました」
あんなに結城がコイツのことを好きだと気にしているのに、その気持ちは何一つ届いていないのだろうか。
生徒を好きになれなどと俺がまさか言うはずもないが、どこか腑に落ちない感情に視線を俯かせる。
「結城は器用に人付き合いが出来る性格ですが、反面小賢しいところもある。あなたのように真っ直ぐ過ぎる方は翻弄させられているのではと思っただけです」
「…そ、そんなことは――」
「なるほど。この分ではどうやら当たっていたようですね」
そう言って神谷は俺の表情を勝手に読んで、どこか呆れたように一つ息を吐き出した。
結城は神谷の前であんなに大人しいと言うのに、コイツはそれも全て見抜いていたのか。
いや、大人であり教師であれば子供の行動などお見通しか。
「分かりました。結城のことは俺が対処しますのでご安心を。では本題ですが――」
あっという間に次の話題に移ろうとしたが、ちょっと待て。
俺はまだ何も神谷の言葉に返していない。
というか今のが本題じゃなかったのか。
「おい、勝手に自己完結するな。それでは相談にならないだろう」
何やら先走っている様子の神谷の額を、コツンと人差し指で小突いてやる。
さっき人に偉そうに相談とは質問ではないなどと言っていたくせに、自分だって分かってないじゃないか。
「読心術を発揮するだけならこの場を設けた意味がないんだが?」
「…それは…そうでしたね」
先程のお返しとばかりに言ってやったが、神谷は額を抑えながらどこか惚けたように俺を見返していた。
腑抜けたようにも見えるその表情をフ、と鼻で笑ってやって視線を前に戻す。
「結城は非常にイラつく奴だが俺は好きだ。アイツは俺に対して物怖じしないし、なによりやると決めたらやり通す根性がある」
別にアイツのためを思って神谷に言っているわけではない。
俺はそういう取り繕った事はしないし、単純にそう思っている。
多くの生徒が俺を避けるというのに、半泣きになりながら俺から勉強を教わっていた姿は今思い出しても中々の根性だった。
「確かに小賢しい一面もあるが、それは人より状況を読み取る力が優れているからだ。結果的にアイツに助けられた事もある」
夏祭りで七海と一悶着あったが、終わってみればちゃんと結城が七海に事情を説明してくれていたし、アイツに指摘されて気付けた感情は多い。
恋敵と言っているくせに神谷のことを慰めてほしいとお願いしてきたアイツを、俺は悪いやつだとは思えない。
「俺のためと思うのなら余計なことはするな。俺は別に困っていない」
「…なるほど。紺野先生に好きと言わせる生徒…ですか」
俺の会話のどこに反応しているのか分からないが、神谷は納得したのか何か考えるように顎に手を当てていた。
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